小屋番日記 2002年1月

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2002/01/03  明けましておめでとうございます!!

  朝日小屋から朝焼けの日本海を望む  2001年8月

 明けましておめでとうございます。皆様、お健やかに新年をお迎えのことと思います。

 富山県地方、元日は曇り空から雨だったお天気が、2日は朝から荒れ模様。北陸特有のボタボタと大粒の雪だったのが、午後からは気温が下がって細かい雪に変わり、今は結構積もっています。皆様の地方はいかがですか?

 今日は2002年の門出にあたり、ちょっと今年の抱負など。(いつもながら決意だけは立派!…笑)

 やはり沢山の登山者の皆さんに可愛がって頂ける、そんな朝日小屋を目指して頑張ります。去年の反省はいろいろあるので、その点を踏まえて準備も進めていきたいと思います。

 『行って良かった山小屋』『もう一度訪ねてみたい山小屋』…シーズンを通して、毎日全てのお客様にそう思って頂けるようにするには、小屋の設備面の充実もさる事ながら、迎える側の細かい気配りや心構えが必要です。大切なのはやっぱり「笑顔」…簡単なようで、これが一番難しい。

 私自身としては、自分の弱点を克服出来るよう頑張ること(弱点だらけで困っているのですが…笑)。

 そして、『人間的な成長』。誰か私に助言して下さった方がいました…「先ず受け入れること」。大きな自然にスーッと包み込まれるような、そんな優しくさりげない包容力が持てるようになりたいですね。これも努力目標です。

 それから、2001年のシーズンオフに決意した『写真』。これは頑張りたいと思います。「ファインダーの中の世界」が、きっと来シーズンの私をいろいろな意味で勇気づけてくれるような気がします。肩肘張らず、背伸びをせずに、自分の想いを伝えることが出来るような写真が撮れたらいいな。何だかとても楽しみです。

 2001年のシーズン途中に目覚めた『山歩きの楽しみ』…管理人がなにを今更、なのですが、この気持ちはこれからずっと大切にしていきたいです。管理人になると毎日山を歩くチャンスがあるようで、実際にはシーズン中になかなか時間が取れないのも現実ですが、出来れば朝日岳はもちろん、シーズンオフを中心に他の山も歩いていろいろ勉強していきたいと思っています。自然への様々な想いも、山を歩く事に始まると思います。

 『管理人日記』…皆さんの応援を力に、もちろん続けていきます。ズッコケあり、お笑いあり、涙あり、感動あり、そして教訓なども含めてありのままを、朝日岳の自然の素晴らしさとともに綴っていけたらと考えています。

 さてこの後も、シーズンオフとはいえいろいろな予定が入ってきます。

 1月中旬には、大蓮華山保勝会の初役員会。2月には「三県山小屋協会総会」。もちろんその間には「税金の申告」もあり(苦手)、諸々の会合への出席、早々と来シーズンのアルバイトの確保もしなくてはいけません。4月にもなると早い山小屋では営業が始まりますので、多分気分的にも物理的にも私も忙しくなります。いよいよ山小屋の物資の調達が始まるのはこれ以降でしょうか。

 昨年は自分自身の体力的な準備は全く考えていなかったのですが、今年は出来れば低山からの足慣らしはしなくてはいけませんね。そうそう、4月には栂海山荘への「除雪山行」に連れて行って頂く約束をしているんです。頑張らなくっちゃ!

 「新米管理人」という呼び方は1年目で終わりでしょうか、私としてはまだまだ新米に変わりはないのですが…(笑)。でもいつまでも「初心忘れるべからず」です。

 今年も頑張りますので、どうぞ朝日岳と朝日小屋、そして管理人を宜しくお願い致します!!

2002/01/03  「藤原紀香より…」!?

 再び番組スタッフの皆さん 

   オン・エアーとやまの下田会長、ディレクターの西山さん

   カメラマンの三国谷さん、VEの尾島さん

 いよいよ3日の夕方5時から、チューリップテレビの放映が始まります。ドキドキワクワク、そしてかなり恥ずかしくて、かなり心配…。

 1日の新聞の番組欄では、ナンと、あの富山県が生んだスーパースター・サッカー鹿島アントラーズの柳沢敦選手と並んで紹介されていて、もう本当にビックリ。

 そして2日の夜、長女に友達からメールが届きました。

 「あんたのお母ちゃん、藤原紀香よりたくさんCMに出とるわ」

 …番組宣伝がかなり浸透している。

 私、藤原紀香と比べられてしまった…(大爆笑!!)

2002/01/04  『山小屋物語 女性管理人 雲上生活1年生の感動〜朝日岳〜』

 子供たちが作った「雪だるま」

 昨日はチューリップテレビの放送を、家族と一緒にこたつでのんびり見ました。でも自分が主役の作品というのは、見ていてなかなか面映いものですね(笑)。

 放送が終わった後には、すぐ親戚や友人達から「見たよ!」のTELやメールが幾つも入りましたが、皆さん「良かったよ、頑張って!」と励まして下さり、本当に有り難い事です。

 でも、次から次へと私の涙する場面が流れ、揚げ句には「てらちゃんの涙・なみだ…」のカットや、そのてらちゃんにもらい泣きする森下 恭さんの姿まで、『全編・涙』のオンパレードになってしまいました(笑)。

 小屋開け前から始まって、例の「哲也への愛のビンタ」のカット、定員の倍近いお客様が押し寄せた「海の日」のドタバタの様子、小屋閉め、そしてシーズン最後のお客様の遭難騒ぎまで、まあ本当にいろいろな場面でカメラが回っていたのには、本当にビックリ!!

 しかしそれにもまして、朝日岳の自然の素晴らしさや厳しさ、小屋に集う仲間たちや支えてくださる関係者の皆さんの姿、そして何より「新米管理人」のドタバタと奮闘する様子と来シーズンへの意気込みや決意が良く描かれていたと思います。

 そして撮影場所も、朝日小屋はもちろん、我が家の様子あり、立山室堂山荘への取材、増村さんとの写真教室の為の信州・大町への取材と、本当にいろいろ撮って下さいました。

 昨年春に、ディレクターの西山さんが初めて私を訪ねていらっしゃった時の事が思い出されます。…「今年は立山開山1300年という事で、どの局もそちらに力が入っているのですが、私たちとしては富山県の東端にこんな素晴らしい山があるんだという事ももっと紹介したいと思います」 

 小屋開けから小屋閉めまで、30kg近い撮影用の機材を背負ってあの恵振山の尾根を何度も登って下さったスタッフの皆さん、到底1時間では収まりきらない出来事の数々を徹夜の作業で編集して下さった関係者の皆さん、本当に有り難うございました!!

 特に西山さんは山は初心者だったのに、「失神寸前」になりながらも(本人の弁)4度も朝日岳に通って下さって、その努力と根性には脱帽です。

 どうやら今年も取材に来て下さるという事なので、頑張ってもう少し成長した管理人の姿をお見せできればなぁと思っています。その節は、どうぞ宜しくお願い致します!!

2002/01/04  「夢を追いかけて…」

 朝日岳山頂にて  後方には白馬連山・剣岳  2001.8.16

 お正月という事もあって、どのテレビ局でも新春にふさわしい番組が目白押しです。その中で昨日は、サッカーの柳沢 敦選手とマラソンの高橋尚子選手の出演する番組を見ました。

 もちろんお二人とも世界を舞台に活躍し、高い理想とそれを実現する為の日々のたゆまぬ努力を続けている選手ですから、私のような平々凡々と暮らしている人間からすれば、当然かけ離れた世界の話です。

 でもお二人の言葉を聞いていると、「本当に好きなこと」の為ならきっと頑張れる、そんな勇気が湧いてきます。

 お二人とも世界のひのき舞台で活躍する事を夢見て頑張っている訳ですが、それぞれ本当に「サッカー」と「走ること」が好きで好きでたまらない、そういう様子が良くわかりました。強くなる為ならたとえ辛い練習だって楽しく思える、強くなる為には頑張れる、時に挫折を味わいながらも前へ進んでいく力強さを感じました。「夢を追いかける」そんな姿が、きっと人を惹きつけるのでしょうね。

 自分の事を言うのはとても恥ずかしいのですが、私もきっと「山小屋の管理人」の仕事がたまらなく好きなんでしょうね。何故って聞かれても困るのですが、昨日の「山小屋物語」の中で、自分自身そんな事を感じました。

 「好きだから、頑張れる」…その気持ちがきっと一番大切な気がします。

2002/01/06  とうとうウイルスに感染…本当にゴメンなさい!!

  8月末でもこんなにきれいに咲いています  ミヤマキンポウゲ

 本当にゴメンなさい!!…とうとう「ウイルス」に感染してしまいました。

 メールのやり取りをしていたり、私のアドレス帳に記載している方々には、もしかしたら私からの「感染メール」が送信されてしまっているかもしれません。本当に申し訳ありません。

 昨秋あたりからウイルスが横行し、私の所へも沢山の「感染メール」が届いていましたが、一応の対策を立てて注意していたつもりでしたが、うっかり何をどう操作してそうなったか分かりません。

 でもとことん「機械オンチ」の私。完全な「駆除と予防」を自分ではどうする事も出来ずにかなりブルーになって落ち込んで、さあどうしようかと思案していた所へタイミング良くBANさんから、「ゆかりちゃん、もしかしたらウイルス??俺の所に送信されて来たのを見たら、もしかしたらと思って…」という有り難いTEL。

 早速出張して、駆除と予防対策もしっかりして頂きました。感謝感謝…。

 以前に日記の中でウイルスの事を書いたのですが、この「感染メール」はウイルスが自身のコピーを勝手にメールに添付して送信し、ネットワーク上で自己増殖するワーム活動を行なうというものだったようで、もっと厳重に対策を取っておくべきだったと悔やまれます。

 手軽に操作できるパソコンでありメール送信なのですが、こんな風にトラブルに遭遇すると全くお手上げ状態の私。何より沢山の皆さんにご迷惑をお掛けしたと思うと、かなりショックですが、これに懲りずにお付き合いを宜しくお願いします。

 本当に申し訳ありませんでした。

2002/01/06  年末年始はドタバタと…

 痛々しい姿の「隼(ハヤト)」…でもかなりくつろいでいる様子

 今日は6日、いよいよ明日からは多くの皆さんが「仕事始め」ですね。8日が始業式の子供たちの学校が始まると、本格的に「今年」が始動します。

 新年がスタートして1週間近くになりますが、皆さん如何ですか? …実はこの年末年始、我が家は本当にドタバタしました。それこそ、いろいろと…

 年末にお義母さんが1週間の緊急入院。最近調子の悪かった足なのですが、急性関節炎を発症し一時的に歩行困難になり、年末23日から入院し30日に退院。今は無理をしないように、療養中です。

 年が明けてお目出たいはずの元旦早々に、写真に登場した我が家の愛犬「隼」が交通事故に遭いました。鎖を外したちょっとの隙に、車道に飛び出してしまいドーン…。骨折はしていなかったのですが、傷口が大きくかなりの出血。1月1日から獣医さんのお世話になりました。その為外で飼っていたはずの隼は、暫く室内犬として悠々と暖かい家の中に。

 そして4日の夜中から5日未明にかけての悪天候で、どうやら雷にやられたらしく、電話が通話不能に…。今日になってようやく電話の回線だけは復旧しましたが、パソコンをLANで繋いでいた装置までダメになってしまい、品物が入らないので8日以降にならないと回復しないと言われてしまいました。トホホ。。。

 ああそれなのに…、今日になってウイルスに感染している事が判明!!

 電話がダメなので、山にいた時と同じように暫く携帯に繋げようとやっていたのですが、それどころではありません。こちらはホームページでもお世話になっているBANさんがすぐに対処して下さったので、大事にはなりませんでしたが、それでも何人かの方々にきっと感染メールが送られて被害を広げてしまったと思うと、気持ちはどこまでもブルー。。。

 年末には誰か知らないけど、スピード違反なんかやっちゃったりして、かなり最悪です。

 …と年末年始はバタバタしました。もちろんお金も(笑)、思い切り羽根が生えて飛んで行ってしまいました。悲しくてとっても辛い…(笑)

 でもでも、考えようによっては、今はお義母さんの調子もまあまあだし、隼も命に別状はなくずい分元気になってきたし、後の出来事はまあ仕方なかったと考えなくっちゃいけませんね。

 今年1 年間のマイナス分を、先取りして済ませてしまったと思えばいいか…。

 今日は思い切り「重たい日記」になってしまってゴメンなさい。

 笑顔で吹き飛ばすしかないですね、ははは…。

2002/01/10  じゃじゃ〜ん、今年一番の朗報!!

清水家にて、隼(ハヤト)とくつろぐ哲也    02.1.9

 『皆さんお久しぶりです、哲也です。

 昨年はいろいろ有り難うございました。今年もどうぞ宜しくお願いします!』

 6日の日記にも書きましたが、年末から年始にかけて身の周りであまり良い出来事がなく、挙句に一昨日には、私が山へ入る直前まで14年間勤めていた近くの開業医の先生が急逝される等、本当にさすがの私でも「どうなっているんだろう」と落ち込みかけていた今日この頃。

 そんな中、8日に久し振りに木村哲也君=哲也から連絡がありました。最近全く居所の掴めなかった彼、「いろいろ話もあるので、9日に寄ります」というTELに、私は内心「どんな中味の話かな、良い話かな、それとも…」と少々不安になりました。

 お昼ご飯を食べながら、あんな事こんな事をおしゃべりしました。

 「それでゆかりさん、今年も朝日小屋にお世話になろうかと思って…」

 じゃじゃ〜ん、ブルーな気持ちの続いていた私にとって、この春一番の朗報です!!

 彼は1999年の秋、持病が悪化して山を降りる直前の亡き父に出会い、その時父から翌年アルバイトに来てくれるように頼まれたそうです。そして2000年の夏にはその約束を果たしてくれて、また2001年のシーズンは「新米番頭さん」として頑張ってくれました。

 頼りない「新米管理人」を助けて「新米番頭さん」の哲也は、シーズンを通して体力的にも気持ちの面でも、それはそれは大変だったと思います。

 彼を頼るしかない私は、出来ない事でも要求したり、疲れて投げやりな言葉の彼に「愛のビンタ」を振るった事件もありました(テレビでも放映済み)。「ここを乗り越えられなくては、人間としても一人前の男としても、大きくなれない」などと言った事も…。

 何より、若いスタッフのみんなのチームワークの中心となってくれたのは哲也でしたし、誰にでも好かれる性格と周りを思いやる気持ちは、笑顔を大切にする朝日小屋にはなくてはならない存在でした。でもその分、きっと彼の負担はすごく大きかったのだと思います。

 そんな数々の場面を良く乗り越えてくれた彼でしたが、彼には彼の思いや考えがあって、昨年山を降りる時には、多分2002年のシーズンは朝日小屋に来られないかもしれないと話していたのでした。哲也のこれからの人生を考えるとそれも仕方ないかなと、9割方諦めていた私でしたから、「今年も朝日小屋に来てくれる」という申し出には本当に大喜びです。

 とにかく、これでひと安心。相変わらず頼りない管理人を助けて、一層逞しくなった哲也が朝日小屋で張り切ってくれる事と思います。

 今シーズンも「母と息子のコンビ」で頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します!!

2002/01/10  辛い雪の重みに耐えて…

 家の裏手にある「孟宗竹」

  …北陸特有の水分を含んだ雪の重さにも耐えて、またしっかり起き上がります。

 年末年始に降り続いた雪は、家の庭先の樹木たちにとっても、大変です。時には地面に着く程の雪の重さに、枝をしならせて耐えています。

 今にも折れてしまいそうになりながらも、少しづつ雪が解けていくにつれてまたしっかり起き上がり、いつの間にかまた元のようにシャンと空に向かって枝先を伸ばしています。

 自然の逞しさ、そしてしなやかさ…自分もそうありたいと思います。

2002/01/14  成 人 式

 成人式式典会場にて   02.1.12

 今日14日は「成人の日」。富山県朝日町では、ひと足早く12日に成人式の式典が行われました。今年の朝日町の新成人は180名余り、その中にはこんな2人もいました。

 右は、昨年アルバイトに来てくれていた陽子ちゃん、そして左は我が家の長女・沙知代です。同じ年の同じく11月生まれの2人は、赤ちゃんの時の健診から保育所、小学校、中学校まで一緒の幼なじみ。そして今は2人とも京都の大学に通っています。

 それぞれ初めて着た振袖姿はいかがでしょう?

 若さっていいですネ。…ちょっぴり羨ましいけど、お母さんだって、まだまだ気持ちでは負けないつもり!?(笑)

2002/01/14  久々に勢揃い、我が家の四姉妹

 一番左は四女・結(中1)  着物姿の長女・沙知代(大学2年)

 後ろ奥は三女・かなえ(高2)  一番右は二女・はるか(高2)

 久し振りに4人揃っての記念撮影。朝早かったので、長女以外はかなりの「寝ぼけ顔」。

 これで、長野T警察署のOさんの誤解もしっかり解けましたね!…そう、私にはこんな大きな4人の娘がいるんです(笑)。

2002/01/15  「大蓮華山保勝会」初役員会…今年の「山開き登山会」の日程

 今年の初役員会  ホテルおがわにて  02.1.14

 朝日小屋を所有する地元の自然保護団体「大蓮華山保勝会」の初役員会と新年会が、14日夜に開かれました。保勝会も今年は創立74年目になるそうです。

 この会は、「山野草を山へ戻す運動」「朝日岳山開き」「山岳写真展」「大蓮華山生態系多様性地域調査」「自然教室」「保勝会サミット」等など、朝日岳を中心に多様な自然保護活動を行っています。

 シーズンになれば、100名近くの参加がある「山開き登山会」のリーダーをはじめ、登山道の補修や整備等を活発に行ない、年間を通じてまさに朝日岳の自然を守り育てる活動の中心として、また「縁の下の力持ち」として活躍して下さいます。

 初役員会では、平成13年度下半期の活動報告や経過報告がされ、年度末までの予定等が討議されました。

 その中で、2002年シーズンの「山開き登山会」がいつ頃になるだろうかと話し合われ、今年は、6月29日(土)〜30日(日)の1泊2日の日程で開催される事が内定しました。昨年は23・24日でしたので約1週間程遅いのですが、残雪の様子その他諸条件を考慮し、6月最終土・日曜日になる予定です。

 各方面から今年の山開き登山会についてのお問合せも頂いていますが、ほぼ決定という事で、宜しくお願い致します。

2002/01/15  いいお湯でした…再び、ゴメンなさい!!

 ひのき桶の露天風呂  ホテルおがわにて  photo by yukiko

 初役員会・新年会が終った後、一緒に出席していた由紀子さんと「せっかくだからお風呂へ入っていこうよ」ということになりました。

 小川温泉元湯にはいくつか露天風呂があって、冬期は外の露天風呂は閉鎖されていますが、内湯の「ひのき桶露天風呂」「岩風呂」の2つはいつでも入浴可能です。 

 雪はちらついていませんでしたが、川を挟んで対岸には年末年始に降った雪がまだ残り、ライトアップされた中で幻想的に浮かび上がっていました。

 そんなわけで、昨秋以来の露天風呂風景を再び…。

 またまた驚かせてしまってゴメンなさい!肩がちょっと出過ぎです。。。でも雰囲気を伝えたくて、湯気と闇夜で全然わからないので許して下さいネ(笑)

2002/01/17  2001年シーズン、朝日岳での遭難・事故その他発生状況について

『くれぐれも、自分の体力や技術に合った山を選び、

  日程に余裕を持った、無理のない計画を立てましょう!!』

 …我が家の玄関の様子、写真は「朝日平から雪倉岳・白馬岳・旭岳」

 富山県警は15日、昨年の入山・遭難状況をまとめ発表しました。入山者は前年を下回ったのに、遭難発生件数・遭難者数ともに、過去最多だったそうです。

 そこで今日は、2001年シーズンの朝日岳での様子を振り返ってみたいと思います。

 (1) 7月17日 女性(57歳)…転倒し右足大腿部骨折、全治3ヶ月の重傷

 → ヘリコプター出動

 同日午後4時ごろ、白馬岳〜朝日岳〜北又を縦走中の女性5名グループのリーダーが、朝日岳頂上から下山中、朝日小屋までわずか300メートル程の「水谷のコル」付近の木道で足を滑らせ転倒。救助隊員でもある木村君(哲也)が背負って運び、一晩小屋で待機しシーネ(副木)装着の応急処置をした上、翌朝8時前にヘリコプターで病院に収容された。

 小雨が降りガスっていた夕方で木道は滑りやすくなっていて、小屋を目前にしての安堵感と疲労が一瞬の油断となったと思われる。

 (2) 7月19日 女性(50代)…転倒し右手親指亀裂骨折

 → 自力下山

 同日朝日小屋に到着の7人パーティーの1人が、「朝、蓮華温泉を出発して30分程歩いた所の木道で転倒して、右手があっという間に腫れてきた」と相談に来た。シーネ(副木)を装着し三角巾で固定したが、蓮華温泉〜朝日岳〜白馬岳のコースなので、翌日は水平道を歩いていく予定だという。

 片手が使えない不安定な状態で縦走を続けるのは賛成できないと話した結果、パーティー全員が蓮華温泉へ下山する事になった。

 普段はあまり使用しない「ストック」を使っていて木道で転倒した際に、とっさにうまく手がつけずに、手のひらが裏返ったようになった為だと本人の弁。

 (3) 7月27日 女性(69歳)…転倒し左足首骨折、全治3ヶ月の重傷

 → ヘリコプター出動

 同日午前10時半ごろ、白馬岳〜朝日岳〜蓮華温泉を縦走中の女性2人パーティーの1人が、五輪尾根を下山中木道で足を滑らせ転倒し動けなくなる。木村(哲也)隊員とグリーンパトロールの4人が蓮華温泉方面を合同パトロール中に偶然発見し、朝日岳頂上まで交代で背負って運び、県警ヘリでピックアップし病院に収容した。

 このケースでは、負傷者を現場に残し同行者が救助の連絡に下山しているのだが、事故現場は朝日小屋から2時間足らずの地点であるにもかかわらず、同行者は蓮華温泉まで下りている。蓮華温泉へ第一報が入ったのは午後4時過ぎ、負傷者はすでに午後1時過ぎには搬送されている。偶然発見され迅速な対応が出来たから良かったが、もし夕方以降まで負傷者が放置されていたらと思うと、事故が起きた際の的確な状況判断の必要性を感じた。

 (4) 10月10日 男女計4名パーティー(70代リーダー、他は50〜60代)

  … 道迷い、翌日自力下山したが、富山・新潟両県警による捜索。

  → ヘリコプター出動

 白馬岳〜朝日岳〜蓮華温泉の縦走コースで、9日は夕方5時半になって朝日小屋到着。かなり遅くまで部屋でくつろいでいらっしゃった様子。

 翌10日朝は6時半ごろ朝日小屋を出発したが、蓮華温泉に宿泊予約していたにもかかわらず、午後8時半になっても到着していないと家族から連絡があって遭難したのではないかと判明した。

 蓮華温泉のオーナー達が、深夜の登山道を「白高地沢」まで捜索に出たが発見できず、11日は富山・新潟両県警が早朝から、ヘリでの捜索活動を開始した。その最中、本人達から「高浪の池」へ自力下山したとの電話連絡が入る。(午前8時半)

 直接の原因は、蓮華温泉への下山予定が、「吹き上げのコル」で間違って「栂海新道」への道を入ってしまった為である。(多分、雨と強風の為に、雨具の帽子で顔を覆いながら歩行していて標識を見失ったのではないか)

 しかし、いくつかの問題点を挙げれば、

 ア、「早出早着き」の原則が守られていない。夕方5時を過ぎて小屋に到着する等10月の登山では避けるべきだ。

 イ、 地図も携帯していたし、「照葉の池」などで道に迷った事にすぐに気付くべきだったのではないか。(気付いていたが、引き返さなかったのか)

 ウ、 体力・技術に合った縦走計画だったのか。70代のリーダーの他は、高山の経験が乏しい殆ど初心者だったと聞いている。まして、夏には賑わう朝日岳も10月の小屋閉め頃には行き交う登山者の数も限られているので、様々な点を考慮して山行計画を立ててほしい。

 この他にも、全身に蕁麻疹が出た方や、気管支喘息の発作を起こした登山者の方も出ました。また、深夜勤務明けで夜行列車で登山口に向かい、縦走途中で食事もノドを通らない程極度の疲労で発熱し、連泊していかれた方もいらっしゃいました。 

 ヘリコプターも3度出動しましたが、不幸中の幸いというか、死亡事故・遭難はなく、ケガをされた方々も今はリハビリに励んで杖無しで歩けるようになられたと聞いています。

 しかしどの事故もちょっとした油断や不注意、あるいは無理な行動計画が原因と見られるものばかりです。特に朝日岳周辺は、高山植物の保護の為「木道」を設置してある箇所が多いので(特に新潟県側・蓮華温泉コース)、『木道での転倒事故』が目立ちました。「中高年の登山ブーム」と言われる中、考えさせられるケースばかりでした。

 県警山岳警備隊、特に古崎隊員や朝日岳方面救助隊、事務局の皆さんには大変ご迷惑をお掛けしましたが、いろいろ有り難うございました。 

 また医療の知識が必要な場面では、私の主治医のY先生にいろいろお力を貸していただきました。シーネの装着や服薬の指示等など、電話で指示を受けながら負傷者や病人の方に適切に対処することが出来、本当に感謝しています。

 そして救助隊員の木村君(哲也)をはじめ、4人のグリーンパトロール(学生)、そして小屋のアルバイトのみんなはどの時も頑張ってくれました。本当に有り難う!!

 朝日小屋としても、管理人の立場としても、様々な教訓を2002年のシーズンに役立てていきたいと思います。

2002/01/21  わが町再発見、その1…「七重滝」へ

 黒菱山断層崖を落下する「七重滝(しっちゃだき)」

 19日夕方、由紀子さんから「ねぇ明日の日曜日、お天気も良さそうだから、どこかぶらぶらと歩いてみない?」とTEL。「うん、行く行く、行きた〜い!!」と大喜びの私。

 最後に山に登ったのは昨年の11月20日の負釣山でそれから丸2ヶ月、そして最後に登山靴を履いたのは増村さんの写真教室で12月10日、ここ暫くは山関係の事務処理でひとり黙々と机に向かう日々が続いていたので、きっと心も身体も無性に山の空気が恋しくてうずうずしていたのでしょう。

 20日(日)朝9時集合、朝日町笹川の奥を目指して林道の行き止まりまで車を走らせました。本当は「南保富士」の麓の「三峯グリーンランド」まで行くつもりでしたが、「七重滝入り口」の看板を見た2人はそちらへ足を向けることにしました。

 朝日町の東部山地は飛騨山系の最北端に位置し、その山地の仁王山(727m)に端を発した七重滝谷川(笹川支流)にこの「七重滝(しっちゃだき)」があります。流紋岩からなる断層崖を7段になって落下していることからこの名が付き、落差は約60メートルもあります。<朝日町HPより抜粋>

 車を降りた林道の入り口から、「七重滝」までは約0.6km。ほんの少し雪が積もった登山道は、「かんじき」を履くほどでもなさそうですが、それでも時々ゴボッと雪を踏み抜く時もあって、なかなかスリル満点。まだ陽があたる前の少し寒々とした中、雪と土の両方の感触を味わいながら木々の間を歩くのは、何とも心わくわくするひと時でした。

 大きな声では言えませんが…実は私、「七重滝」へ行ったことがなかったんです。皆さんの話には聞いていても、なかなか訪れる機会がありませんでしたが、今回は「わが町再発見」。春になったら、ぜひ『朝日ふるさと歩道』(城山〜三峯台地〜馬鬛山を結ぶ延長14.3キロのコース)も歩いてみたいと思っています。

2002/01/21  わが町再発見、その2…「城山(248M)」へ

 県内最古の山城・宮崎城(跡)から望む

 例によってデジカメを撮りながらでも、「七重滝」へは往復僅か1時間足らず。ちょっと物足らない2人は、笹川側の入り口から車で「城山」へ登ることにしました。

 「城山(しろやま)」…地元の山なのに、何だかとっても懐かしい!!

 小学生の頃は学校から歩いて「城山」へ遠足に行ったものです。由紀子さんは時々宮崎地区の自宅から、鹿島樹叢を抜けて約1時間足らずで往復するそうですが、私はもう何十年も行ったことがありません。

 「この道、こんなに狭かったかなぁ…」等と思いながら、車を走らせます。頂上に着くと、好天に誘われて何人もの方達が来ていらっしゃいました。中には、ザックを担いで鹿島神社の横から歩いて登ってこられたグループも。

 最高の青空に、雪を頂いた山々、どこまでも青く続く日本海と海岸線の白い波、眼下に広がる黒部川扇状地、そして少しづつ春の準備を始めようとしている木々等など。

 午前中のほんの僅かなひと時ではありましたが、気持ちは思い切りリフレッシュ!!そして、年末年始に眠っていたこの身体と筋肉には、歩き始めのいい運動になりました。これからお天気の良い日を選んで、少しづつ地元の山を散歩したいですね。

2002/01/21  木洩れ陽の中を歩く

  影になっている所では、まだ雪も残っていました

 宮崎鹿島樹叢は、温暖帯の巨樹がうっそうと茂る原始林ですが、その広大さと自然そのままに残るそれは県内随一で、日本海沿岸における顕著な温暖性樹叢の北限であり、国の天然記念物として保護されています。<朝日町HPより抜粋>

 次回はぜひ鹿島神社から歩いて登ります。 

 写真は宮崎鹿島樹叢から城山へ抜ける山道の、城山頂上付近で。

2002/01/21  「神戸サンテレビ」で…

  夕焼けに染まる山々  朝日平にて  01.7.16

 今日チューリップテレビの西山さんから連絡があり、1月3日に放送された

 『山小屋物語 女性管理人・雲上生活1年生の感動 〜朝日岳〜』が

 ナント!!、神戸サンテレビで放映される事が決定したそうです。

 神戸サンテレビの視聴可能エリアは、大阪府と兵庫県の全域、そして京都府・奈良県・四国・中国地方など周辺府県の一部で、放送日時は2月17日(日)午後1時〜1時54分だそうです。

 関西方面の方で、もし見る事が出来る方がいらっしゃったら、宜しくお願いします。「全編、涙・なみだ…」ですけど(笑)。でもなんか、すっごく恥ずかしいなぁ…。

2002/01/23  「女性の年齢」が分からない・・・その2

  こちらは、色鮮やかな紅葉の様子  水平道にて  01.10.4

 「女性の年齢」が分からない…その1、特別編に続いて、お待たせしました、いよいよその2をお送りします。さて今日はどんな話が登場するかしら?

 夏山の喧騒も過ぎ去って、それは秋も深まったある日のこと。その日は朝からぐずついたお天気で、お客様は寂しくお2人だけ。身内の人数の方が多くて申し訳なかったのですが、夕食はみんなで焼肉パーティーと決め込んで、賑やかに「宴会」が始まりました。

 お2人のお客様の内、ひとりの女性の方、綺麗で落ち着きがあってとても素敵な方でした。案の定、夕方小屋に到着されてから男性陣の態度が何ともソワソワしています。私は前日に書きそびれた日記を書いたりと何だかモタモタしていたのですが、男性の皆さんが張り切って焼肉の準備や食堂の仕度もしてくれました。

 そのうち、またまた年齢の話になりました。「ねぇ、あの女の人、何歳位かな…。あの落ち着きと妖艶な雰囲気はどう見たって、やっぱり40代だよね」と問い掛ける私に、てらちゃん「いえいえゆかりさん、そんな事ないですよ。もっと若いと思います。きっと30代前半だと思います」…夏にも女性の年齢が読めなかった私、そして女性の年齢をズバリ当てたてらちゃん。

 その彼女、本当にその仕草や気配りや雰囲気、どうしたらあんな「大人の女性」の艶やかさが出せるか教えて貰いたいくらい、とても素敵な感じでした。

 でも良く考えてみると、「落ち着いた雰囲気」=「40代の女性」の答えが必ずしも正しいわけがないのは、しっかり自分を振り返ると分かるはず…(笑)。

 答えは、やっぱり30代前半でした。(…てらちゃんは、いつどこでそんな勉強をしてきたのかしら、とっても不思議)

 私と哲也とてらちゃんの間では、その彼女の事は『アノ妖艶な女性』と呼んでいました。

 その後山を下りてから、ポソッとてらちゃんがこんな事を言いました。

 「ゆかりさん、アノ妖艶な女性の方が来られた日、ナンカ大変だったんですよ。厨房で片付けをしていても、彼女が食堂からチラッチラッとこちらを見る度に、哲ちゃんも僕もドキドキしたりして…。首筋なんかも○○○…」

 「あんた達、そんなところまで観察してたの!?…本当にモウ!!」

 「でもでも、ゆかりさん、あの時居た男性みんなだと思いますよ。誰かさんも鼻の下伸ばしていたし、○さんも○さんまで…」

 『妖艶で素敵な山女』の彼女は翌日は独りで白馬岳を目指しました。今年も朝日岳に遊びに来てくれるそうですから、どこかで出会ったら声を掛けてあげてくださいネ。

2002/01/25  写真家・水越 武さん

  信州安曇野・豊科 「田淵行男記念館」

 自然写真家の水越 武さんをご存知でしょうか?

 水越 武さんは…1938年、愛知県生まれ。1956年に東京農業大学入学、林学を学びのち中退。1964年、自然写真家の田淵行男氏に師事し、写真家を志す。1971年に個展「穂高」を開き、これを契機に独立。山を中心とした自然写真を撮り続けている。北海道在住。おもな著書は「槍・穂高」「白馬岳」「森林限界」「日本の原生林」「ブナ」など多数。(著書「ブナ」より抜粋)

 その水越さんが昨年、まだ夏山シーズンが始まったばかりの7月中旬、ひょっこり朝日小屋に顔を見せて2泊しておいでになりました。白馬岳に登られて、足を伸ばして下さったそうです。水越さんには今から20年以上前、まだ新しくなる前の旧い朝日小屋の時に何度かお会いしています。

 その日、偶然受付の席を外していた私は、水越さんがいらしたことを知りませんでした。後から宿泊者名簿で「水越 武」の名前を見つけた私は、お部屋へ行って、昔と少しも変わらない水越さんにお会いする事が出来ました。

 「写真家の水越です、と言って下さればよろしかったのに」という私に、「管理人さんも代わって、きっと僕のことは覚えていらっしゃらないと思いました」と水越さん。

 自然写真家・山岳写真家として第一線を歩み続けていらっしゃる水越さん、でも小屋にいらした時のその姿勢や雰囲気がごくごく普通で、お人柄そのものを表しているようでした。

 年末のメールに、『…久しぶりの夏の北アルプスはとても新鮮に感じられ、たくさんの収穫がありました。朝日小屋もとても気持ちの良い小屋になっていて嬉しく思いました。』と書いて来て下さいました。

 10年来手がけていらっしゃったお仕事が写真集『熱帯雨林』となり、天然の蘭の写真集も出版の予定とか。また現在お住まいの北海道の自然も本格的に撮り始められたそうです。なかなか朝日岳に通っていらっしゃる時間もないかもしれませんが、またいつか朝日小屋でお会いしたいと思います。

2002/01/25  水越 武さんの写真展

  「田淵行男記念館」にて開催中  02.2.10まで

 昨年11月某日、信州豊科町にある「田淵行男記念館」で開かれている企画展を見に行って来ました。

 科学者・詩人・そしてナチュラリストだった写真家・田淵行男氏が半世紀にわたる高山蝶の集大成として取り組んだ「ウスバキチョウ」と、自然写真家の第一線を歩み続ける水越 武氏の原点とも言うべき「穂高」のシリーズを展示してあります。

 館内に一歩足を踏み入れた瞬間、ちょっと言葉に表現出来ないような雰囲気を感じました。

 ぜひ訪ねて見られたらいかがでしょう。

2002/01/25  朝日岳方面山岳遭難対策協議会・救助隊の訓練

  栂海新道「照葉の池」から  01.7.22  photo by nisiyama

 明日・明後日の両日、救助隊の訓練が行なわれます。当初はテント泊での白鳥山を予定していたのですが変更になり、26日(土)は「南保富士」へ、そして27日(日)は朝日町側から「負釣山」へ登る予定です。今回の主な目的は「救助訓練」で、(1)冬山における救助訓練 (2)遭難者搬送訓練 です。

 そして…1日目の「南保富士」に、私も一緒に連れて行ってもらう事になりました。(そんな、他人に頼るような態度ではダメ!ですよねぇ)

 冬の山は初めてなので、いくら標高の低い「南保富士」とはいえ、「かんじき」を履いて歩くのはずい分不安もありますが、何しろ救助隊員の皆さんと一緒ですから、とにかく足手まといにならないように、頑張って登ります。

 娘たちに話したら、「お母さんは、救助訓練ではないでしょ!?…救助される訓練…でしょ!!」と言われました。

 とにかくデジカメを持参して、バッチリ「訓練」の様子を撮って来ますから、乞うご期待!?

2002/01/28  行って来ました!!…「南保富士」

 「南保富士」山頂にて 後方には黒部川扇状地、遠く能登半島

           途中から合流した地元のお2人もご一緒に  

                  photo by itagawa     02.1.26

 26日(土)、朝から久し振りの好天に恵まれ、予定通り「朝日岳方面遭対協」の冬山訓練が行なわれました。目的地は「南保富士」(727.1M)。

 「南保富士」への冬期ルートとしては、笹川地区あるいは南保地区から伸びる林道を行き止まりまで車で行き、そこから「三峯(みつぼ)グリーンランド」を経て、登山口から登山道を行くのが一般的だと思いますが、今回は、登りは南保地区の「岩井谷」を詰めて登山口付近の林道まで上がり、下りは登山道の途中から「奥石谷」から「石谷」を降りて来るというコースを辿りました。

 今回の参加者は私を含めて6名。リーダーは、県警山岳警備隊の古崎隊員。 

 生まれて初めての雪山、そして「かんじき」。

 「冬の山へ登れる」というワクワク感と、「果たして救助隊の皆さんの後について、足手まといにならずに最後まで登れるだろうか」という不安…。

 県道沿いの民家の庭先に車を置かせてもらって、歩き始めたのは午前9時20分。建設中の堰堤脇を通り、時に雑木や藪の中をくぐりながら歩きます。前日まで2〜3日雪が降り続いていたわりには雪の量は少なめ、やはり気温が高いので少々降っても早く融けるのでしょうか。

 古崎さんと私は「かんじき」、山スキーを履いた谷隊員、「フリートレック」という短い山スキーを履いた広田隊員、そして「つぼ足」の清水隊員と板川さん。

 アルミ製の「かんじき」は軽く、また思ったより歩き易く結構快適でしたが、それでも1時間も2時間も歩き続けていると、やはり日頃の運動不足・体力不足と足の筋力の無さが露呈して来ます。

 登山道に取り付いてからは、植林された杉の林を抜けて歩く辺りはまだ余裕もありましたが、途中直登気味に登る斜面でステップが上手く切れず「ズルッ、ズルッ…」となってしまい、古崎さんから指導を受ける場面もありましたが、なかなか思うようにいきません。

 急斜面に恐怖心があるわけでもないのですが、一度ステップを崩してしまってモタモタしていると、新雪の下からは凍った雪面が現れてしまい、ますます雪の中でもがいてしまう始末です。しかしそんな雪との格闘も、頂上に近付いて眺望が利くようになると、また元気になれるから不思議です。

 歩き初めから約4時間20分、登山口付近の林道から取り付いて約1時間半余り、とうとう頂上に到着しました。頂上での積雪は、おそらく1m30cm程でしょうか。例年と比べてもかなり少なめだそうです。

 そこから見える360°の展望は、冬の絵の具に彩られた「青と白の世界」…。お天気にも恵まれましたので、本当に素晴らしい景色です。

 黒部川扇状地が目の前にどーんと大きく広がり、遠く能登半島は先端まではっきり見えます。どこまでも続く日本海と海岸線、そして目をやると剣岳から毛勝山に続いて山々が連なり、朝日岳もその姿を確認する事が出来ました。

 大勢でワイワイと雪の山頂で食べる昼食は、楽しくて美味しくて最高です。

 もちろん、今回の山行の最大の目的である訓練も行ないました。

 下山は「かんじき」を外して「つぼ足」。踵できちんとステップを切りながら、でも時に滑るように転がるように(笑)、無事に下りて来ました。下山の所要時間は約2時間、民家に近い林道に帰り着いたのは夕方、今回は登山道の取り付きまでのルートを変えてみたので、思ったより時間が掛かったとの事でした。

 生まれて初めての雪山の感想は?…う〜ん、最高です!!

 また行きたい??…もちろん!、私の体力実力に相応の山へ、ぜひまた行きたいです!!

 お陰様で、ラッセルと言うほどの雪でもありませんでしたが、しかし充分に楽しい冬の山でした。救助隊の皆さんの足を引っ張らなくて、ホッ…、救助される場面もなくて、ホッ…(笑)。

 去年の今頃には、雪の山を登る自分なんて想像も出来ませんでした。「変われば、変わる」…そんな自分に驚いているのは私自身です(笑)。

2002/01/28  頂上付近、最後の斜面で

    頑張りました!     photo by furusaki

2002/01/28  救助訓練の様子

   指導する県警山岳警備隊・古崎隊員

   真剣に聞き入る救助隊の広田隊員

 ハーネス、カラビナ、ザイル、スノーバー、ピッケル等などを使っての訓練の様子

2002/01/28  「雪崩ビーコン」

 これが冬山携行必需品の、高性能「雪崩ビーコン」です。

2002/01/28  これも救助隊訓練!?…「夜の部」

 右、いつも陽気な県警山岳警備隊・古崎隊員

 左、宇奈月方面山岳遭難対策協議会・救助隊員の中山さん

 日中の訓練に引き続き、小川温泉元湯・不老館にて「夜の部」が行なわれました。

 「いざ出動!」という時に備えての隊員同士の意思の疎通や連帯感も、ある時には非常に重要になって来るからでしょうか!?(笑)救助隊の谷口邦夫隊長と青島隊員も参加されました。

 写真左の宇奈月方面遭対協の中山さん、どこかでお見掛けしたような?…そうです、「阿曾原温泉小屋の大仏さん」、佐々木 泉さんの「大事な片腕=番頭さん」です。

 ※ 残念ながら、翌27日(日)の朝日町側から負釣山を詰める計画は、悪天候と雪崩の危険の為中止になりました。 

2002/01/30  今だから話せる…「てらちゃん編!?」

     カラフルなテントで賑わう「朝日平」    01.7.21

                                photo by furusaki

 皆さんこんにちは、てらちゃんです。

 ゆかりさんが僕の名前を度々この日記に登場させてくれるので、何だかかなり有名になってしまったような気がしていますが、シャイな自分としては、イメージだけが先行しているようで、とても恥ずかしいです。どうやらこの後も、僕に関するエピソードがまだまだ登場しそうで、戦々恐々としているのですが…(笑)。

 さて、昨年末12月20日の「小屋番日記」に、「今だから話せる…今年一番の大失敗!!」というゆかりさんの話が載りましたが、今日は「今だから話せる」僕の話を聞いて下さい。

 『先日、大学の登山サークルの先輩方と飲む機会がありました。そこで夏に朝日小屋でバイトしたという話題になり…。

 実はサークルには、朝日小屋での苦い思い出があるのです。

 僕が1年生の時、夏休みに上高地から親不知まで縦走しようという合宿がありました。双六岳、白馬岳と2度の台風に見舞われ部員13人全員フラフラ。白馬岳でテントは破れ、その後も朝日小屋に1日で来れず雪倉避難小屋に停滞し、雰囲気は最悪…。

 ようやく朝日平の幕営地に着いたのですが、そこで大事件。

 一部の部員が耐えられず、北又へ下山というか「脱走」。他の部員が「異変」に気づいたのは、もう夕飯を作ろうとした時でした。

 「どこに消えたんだ!」ということになってしまい、ゆかりさんのお父さんには大変な迷惑をかけ、お世話になり、申し訳ないやら情けないやら…。

 結局翌日、残りの部員も北又へ下山しました。

 小屋で働くうちにこんな話はとてもとてもあってはならないし、口にすることもできないし、いつしか忘れていました。

 今年の遭難騒ぎと五十歩百歩の事件ですね。

 初めての話でした…。』

 そんな「事件」を経験した僕が、なぜ大学生最後の夏休みのアルバイト先に「朝日小屋」を選んだのか、今でも不思議でなりません。

 でも、小屋の生活を通じて、自分の弱い所を知る良い機会だったと思います。小屋のみんなに出会えたことが幸せです。一生モノの出会いだと思います。ナント言っても『朝日小屋ショック』の僕ですから…(笑)。

 以上、「今だから話せる…てらちゃん編」でした。

 今日のお話。。。。。。

 今日は、「てらちゃんになりきって」書いてみました(笑)。

 『 』の中は、彼が送ってくれたメールをそのまま引用してあります。他にも、落書ノートにあった彼の言葉を、了解の上掲載しました。

 てらちゃん、有り難う。また登場して下さいネ。よろしく!!

2002/01/31  40,000人目…

      チングルマ   朝日平にて   01.7.31

 1月も今日で終わりですね。2002年も12分の1が過ぎましたが、何だかあっという間の毎日です。昨年のうちは2002年のシーズンはまだまだ遠い先のように感じていましたが、年が明けてからは、「6月は、きっとすぐ来るんだろうなぁ…」なんて思い始めています。

 さて、昨年3月1日にこのホームページを立ち上げてから、丸11ヶ月。沢山の皆さんに可愛がって頂いて、本当に嬉しく思っています。

 そんな「朝日小屋のホームページ」、一番多く皆さんに読んで頂いているのは『管理人・清水ゆかりの小屋番日記』なのですが、書き続けた日記が、今日の夕方に40,000人目のお客様をお迎えする事が出来ました。

 パチ!パチ!パチ!

 昨春はまだ知られていないこともあって身内で見ていたような時もありましたが、夏以降は毎日かなりのアクセスがあるようになりました。

 延べ「40,000」という数字がどんな評価になるのかは分かりませんが、最初の立ち上げの時にnyamaさんから「ゆかりちゃん、〈あなたは○○○○○人目のお客様〉っていうのを分かるようにするのは止めようか、あんまり少なかったらさみしいもんナ」と言われたのを覚えています(笑)。

 思いもかけず沢山の皆さんに読んで頂いて、これからもいろいろな情報や内容を発信していきたいと思います。シーズンオフはお休みしていると思っていらっしゃる方もおいでのようですが、今の時期にゆっくりいろいろ書いていきたいと考えていますので、どうぞ宜しくお願いします。

 登山をしなくても、朝日岳に登ったことがなくても、朝日小屋に行ったことがなくても、哲也やアルバイトのみんなに会ったことがなくても…、何だかぜ〜んぶまとめて分かってしまう、そして次は絶対朝日小屋に行ってみたくなる、もう一度訪ねてみたくなる!?。。。そんな『管理人・清水ゆかりの小屋番日記』にしたいです(笑)。


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