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出発の朝、上高地西糸屋山荘前にて
02.10.29 photo by 藤林支配人
〈その1〉… “真冬”のような上高地
昨日、無事山から帰って来ました!!
初めて訪れた上高地でしたが、冬型の気圧配置の影響で、10月28日は松本で観測史上最も早い初雪の観測となり、上高地も冬景色でした。
28日(月)は、お昼近くに安曇村役場にて森下さんと合流し上高地へ入ったのですが、10月末とは思えない突然のしかも予想を越える降雪に、上高地へ通じる道路は大混雑。ノーマルタイヤでスリップする車もあり、またすれ違いに時間が掛かりかなりの渋滞でしたので、上高地の中心部へ入ったのは午後の3時も過ぎていました。
28日は出来れば徳本峠小屋まで行きたかったのですが、そんなわけで予定を変更し、急遽「上高地西糸屋山荘」さんに泊まることになりました。
西糸屋山荘のオーナー・奥原 宰さんとは昨年、3県山小屋協会総会の折にお会いしてお話をし、また森下さんも知っていらっしゃるということで「上高地へ行ったら、西糸屋へ泊まったらいいですよ」と言われていましたから、そちらに宿をとることになりました。
気持ち良くお風呂に浸かって、美味しいお夕食を戴いてゆっくり出来たのですが、次の日からの天候が心配。それでも宿の談話室で穂高岳や槍ヶ岳周辺を紹介したビデオを観賞したり、テレビでは長野放送が燕山荘の赤沼さんを取り上げた1時間番組をやっていましたので、それを見ながら「まあ、吹雪でも行くんだろうなぁ。。。」などとゆったり構える事にしました。
ピューピューと風の音が凄かったので時々窓の外を覗いていましたが、夜通し横殴りの強い風が止み間なく吹いていました。

徳本峠への道、トップでラッセルをする森下さん 02.10.29
〈その2〉…上高地から徳本峠小屋へ
10月29日(火)朝の上高地は冬景色、一晩で約20センチ程は積もったでしょうか。10月末の突然の降雪に、上高地へ通じる幹線道路は除雪が追いつかず、バスも遅延しているとか。私達は曇天の寒空を眺めながらも、午後から回復しそうな兆しに出発準備を急ぎました。
9時を過ぎて西糸屋山荘を出発。上高地が初めての私は、「へぇ、これが河童橋!?森下さん、写真を撮ってください!」と少々観光気分に浸りながら(笑)、小梨平キャンプ場の横を抜け梓川に沿って明神館まで、雪を踏みしめながら歩きました。途中、まだ黄葉のきれいなカラマツ林の上には真っ白な雪が降り積もり、薄く射し込む朝の陽の中で幻想的な雰囲気。
明神館横で休憩。「穂高神社奥宮」と書かれた石碑にも雪が被っていました。すれ違った数組の観光客の方から、「何処へおいでになるんですか?」と声を掛けられながら徳本峠入口へと向かいます。
白沢沿いの林道を抜け、黒沢と合流して登山道へ。この辺りになると後方には雪の付いた明神岳の岩肌が山頂付近まで見えて来ました。
しかし同時に、徐々に雪も深くなっていきます。林道ではそれ程でもなかったのですが、標高が高くなるにつれて雪は森下さんの膝すぐ下辺りまで、吹き溜りでは膝上。森下さんと身長で約20センチも違う私では、雪は常に膝上以上…。
黙々とラッセルする森下さん。通い慣れた道なのでしょう、そのトレースは夏道に沿って確実で、また常に歩幅など気を遣って下さいましたので、「冬山・超初心者」の私でも大丈夫でした。しかし、いきなり雪の量が多くなったと思ったら太腿まで潜る私、ちょっと気を抜くと置いて行かれそうになったり(笑)。
それでも奮闘の甲斐あって(えっ、大奮闘したのは森下さん?)、明神館から4時間程で無事徳本峠小屋に到着することが出来ました。

管理人の今川剛之さんと 02.10.31 photo by morishita
〈その3〉…行きたかった、徳本峠小屋
徳本峠小屋では、管理人の今川剛之さんが雪掻きの手を休めて温かく迎えて下さいました。
今回の徳本峠行き、実は朝日小屋の小屋閉め前から必ず行こうと計画していました。管理人の今川さんとは、昨年私が小屋番になってから3県山小屋協会の総会等で何度かお会いし、その度に「清水さん、ぜひ徳本へ遊びに来てくださいヨ!」と声を掛けて頂いていました。徳本峠小屋は11月4日まで営業していると聞いていましたし、標高も朝日小屋と同じ程で何とか私独りでも行けるかもしれないと考えていました。
今回も一緒に歩いて頂いた写真家の森下 恭さん、実は30年程前に1シーズン徳本峠小屋の小屋番をしたことがあるとか。何とか独りで行けないかと地図を広げながらいろいろ考えている私を、朝日小屋に居る時から横目で静かに眺めていらっしゃったのですが、さすがに10月20日過ぎから北アルプス一帯で降り始めた雪では私独りでは行けないということでお願いしたところ、同行を決めて下さいました。
お陰で深雪の中でも無事辿り着くことが出来て、念願叶って2泊も出来た徳本峠小屋。今川さんはじめ男性陣は思いがけない降雪と小屋閉め準備で外仕事に忙しく、私は食事の準備など少し台所のお手伝いなどをさせて頂きました。そして夜は、今川さんやアルバイトの小野田君、サッちゃん、そして常連さんたちと、炬燵を囲んで美味しいお酒とご馳走で遅くまでお話をしました。「今川さん、安曇節を聞かせてください!」とお願いしたら、自慢のノドも披露してくださいました。
徳本峠小屋は、電気がなくランプの灯かりを燈し、また水も充分ではありません。収容人員も30人で溢れるほどの、昔ながらの姿を残す素朴な小屋です。
…私はそんな小屋へ行ってみたかった。
発電機を回し、溢れるほど充分な水を毎日使っている朝日小屋ですが、まだまだ管理人として未熟な私自身の抱える命題 −山小屋とは、山小屋のあるべき姿、どんな朝日小屋にしたいか、登山者の皆さんの気持ちは− そんなことをいつも考えています。だから徳本峠小屋へもぜひ行ってみたかったのです。
本当はお天気が良かったら涸沢へも行きたかったし、出来れば徳本峠へも島々からの道を歩いてみたかったのですが、それはこの次の楽しみに残しておくことに(笑)。

青空に聳える、正面に前穂高岳そして左に奥穂高岳
02.10.30 通称“スタジオ・ジャンクション”から
〈その4〉…「山」
…ホンの少しでも、「山」の厳しさの洗礼を受けてみたかった。
…ホンの少しでも、「山」を愉しみたかった。
初めて行った上高地
西糸屋山荘の暗闇の中で聞いた、風の音
梓川の清流
地図や文学の中でしか知らなかった、地名や小屋の名前
腰以上胸近くまでの雪の中を、黙々と続くラッセル
峠の樹々の間から仰いだ、満天の星空
そして。。。新雪が付いた神々しいほどの岩稜の穂高連峰
…「山」はいいです。

徳本峠へと向かう私 02.10.29 photo by morishita
〈その5〉…ラッセル
10月29日は、徳本峠へ向かう道をずっと森下さんがトップでラッセル。その足運びはリズミカルに同じ歩幅で刻まれ、その足跡はずっと規則正しく続いていました。私はその後を黙って付いて行けば良かったのです。
「少し行って来ますか?」
翌30日は、朝から抜けるような青空がとても気持ち良い日で、森下さんに誘われて出発準備を始めました。目的地は霞沢岳の途中にある見晴し台、通称“スタジオ・ジャンクション”。
「先頭、歩いてみますか?」
前日にかなり楽をさせてもらったので今日は私も少し頑張らなくては、そんな気持ちでトップを歩くことにしたのですが。。。(少々意地もあった!?)
樹林帯の中で高度が上がるにつれて、雪は私の腰以上、急斜面に向かい合って深い所では胸下まで来ることもありました。もちろん一歩踏み出しても、私の足はその高さまでは届きません。
前日森下さんの後ろを黙って歩きながら観察し見ていた通りに(前日は余裕だった!)、私もやってみました。…足が届かなければ胸や膝で雪を押し崩す、ちゃんと右左と足で雪を固める、グッと自分の身体を押し上げる、慌てないでペースを崩さずに…
「どうです?…頭の中が空っぽになったでしょう!?」
う〜ん、どうかなぁ。。。いろいろ考えることが多くて(笑)。
「ゆかりさんのラッセルは、まるで“ラッセル車”みたいですね」
上手だと褒められたのかと思ったら、むやみに雪を蹴散らしている様子がそんな風に見えたのだとか、あらあら(笑)。
でも自分では何もしないで後ろから見ているだけだと、その苦しさや辛さが自分のものにならず、何もわからずもっと楽に見えたトップでしたが、実際自分でやってみると、先頭を歩くということがどんなに大変なことかという事が良く分かりました。
生まれて初めてのトップでのラッセル。。。いろいろ勉強になりました!!

穂高連峰、そして常念山脈の山々も雪を被って
02.10.30 “スタジオ・ジャンクション”から

下山日の31日、明神橋から見た明神岳 後ろ姿は森下さん

今日の朝日岳 … もう、里山近くまでが白くなりました!
今日は暦の上では“立冬”。。。と言いつつ、北アルプス一帯は10月中旬から間断なく続く冬型の気圧配置の為、例年よりかなり早くすでに「真冬」の様相を呈しています。
上のデジカメ写真は、10月31日以来久し振りに顔を見せた今日の朝日岳です。もう真っ白!!
実は昨日、立山室堂山荘の妹に電話したところ、室堂周辺では平均3メートル、吹き溜まりではナント6メートル近くもあるとのことです。10月末からずっと降り続いている雪は、チラチラ降るどころか、毎日毎日目も開けられないくらいの吹雪で道路の除雪が間に合わず、この数日間は高原バスも運休しているそうです。そのうちあれよあれよと積もっていったので、国の重要文化財に指定されている「室堂小屋」の雪囲いもやっとのことで間に合ったが、何しろ急な事で大変だったとか。
朝日岳ではどのくらい雪が積もったでしょう。行って自分で見て来たい気がしますが、標高が同じくらい(2,400m)の立山室堂で3メートルなのですから、朝日岳もそのくらい?もう無理??
もう朝日小屋も、雪の下に埋もれているのかなぁ。。。

今年のアルバイトのみんな 02.8.22
明後日10日の日曜日に「第25回朝日町町民駅伝競走大会」が開かれるのですが、実は、『朝日小屋チーム』が参加することになりました!!
昨年今頃の日記をご覧になった方はご存知かと思いますが、昨年は哲也が「朝日岳方面山岳救助隊チーム」のトップバッターとして1区を走りました。その時から「来年は朝日小屋チームで走ろうよ!」と冗談半分に話していたのですが、何故か、やっぱり本当になっちゃいました(笑)。
全6区間、1区間の距離は3km前後で、朝日町の全町内を駆け抜けることになっており、私達はクラブチーム対抗の部に参加します。
えっ、誰が走るんだって!?
哲也に連絡が取れていないので流動的なのですが、慎ちゃん、祥滋、ひーしー、拓郎、助っ人・前原先生(小屋閉めで、朝日小屋デビュー)など。
私!?…それはもう誰もメンバーがいない時、です。(絶対に避けたい事態ですが・笑)
やっぱり「朝日岳方面救助隊チーム」には負けられないでしょう(笑)。
結果はまたこの日記の中で報告しますから、お楽しみに!!

朝日小屋の公衆電話
10月16日に下山して来てから、早や3週間以上が経ちました。上高地から帰って来てからも1週間以上。でも、今は毎日ボーッッ。。。(笑)
なんでボーッッ、なのかと言えば…
山にいる時からコンタクトレンズの調子が悪くて(実は私、近眼なんです)…コンタクトレンズをすると余計悪いのでずっと外していたのですが、とにかく、シャキっとしないんですヨ。(笑)どうやらコンタクトレンズはかなり長い間使用していたので“寿命”らしく、今は怒られながらも、三女のメガネを拝借しています。
もちろん頭も「山ボケ」なのでしょうか、ボーッッ。。。(笑)
上高地から帰って来て翌11月1日に四女・結のPTAがあって中学校へ出掛けたのですが、お母さん方の顔は「判るんだけど、すぐに名前が出て来ない!」どうしようもない状態。
その夜には、高校時代の同級生達が10人ほど集まって「ゆかりの下山祝い」の飲み会を開いてくれたのですが、カラオケに行ってスマップの中居クンの顔を思い浮かべながらも「中井貴一!?」と言ってしまって失笑をかったり、“First Love”を歌っているアーティスト名がどうしても出てこなかったり(宇多田ヒカル)…笑。
そして身体もボーッッ。。。最悪!!
モノがよく見えないので、必然的に動きがかなり鈍くなってしまい、それが頭の動きの鈍さと相まって、今何だかドタドタしています。寒いので“コタツの子守り”の習慣が出来つつあって、身体もとても重くなったみたい(笑)。
昨日やっと眼科を受診して来ましたので、明日の午前中には新しいコンタクトレンズが届く予定です。そしたらやっといつものゆかりらしく、シャキっとなるかしら!?

町民駅伝・朝日小屋チーム 走者と応援団のみんな
前列右から1区・慎ちゃん、2区・ひーしー、3区・前原先生
4区・祥滋、5区・誠君、そして6区アンカー・清水
後列右から応援団 美枝ちゃん、由起子さん、かなえ、結、板さん
バンちゃん、ひろみちゃん
昨日、第25回朝日町民駅伝大会が行なわれ、「朝日小屋チーム」もお約束通り参加しました。
「アンカーの清水以外」みんな本当によく頑張りました!!
よほど歩こうかと思った私も、どうにか2.75キロを完走することが出来、チームのみんな、そして沿道で声を掛けてくださった町内の皆さんの温かい応援に心から感謝致します。
成績!?…う〜ん、私を除く5人の走者はみんなかなりの成績でしたが、残念なことにアンカーの人選をミスってしまい。。。(爆笑)
でも決してビリではなく、楽しんでそして精一杯頑張りました!!
詳しい事は、また書きます。
では。
※ 私は今日から水曜日夜まで、所用で東京・千葉方面へ出掛けます。
詳しくは、帰って来てからまた書きますので、お楽しみに。

出走前、緊張の中にも余裕(?)の慎ちゃん 02.11.10
― ひとりで足を引っ張ってしまった、アンカーの私 ―
出場すると決めて「朝日小屋チーム」としてエントリーしたものの、直前になって哲也の都合がつかず、また新潟から来る予定で頼りにしていた拓郎が前日の悪天候でどうしても来られなくなって、さあどうする。。。
「やっぱり“朝日小屋チーム”なんだから、社長のアンタが走らんでどうするんよ!!」
「………」
3キロ近い距離を走るなんて、中学校のマラソン大会以来だから約○年振り。今まで、地区の運動会のリレーやバレーボールやバスケットボールの試合に“人数集め”に駆り出された事はあっても、さすがに駅伝のアンカーで走ってくれといわれた事があるはずも無し。しかも練習なし、試走なしのぶっつけ本番。こりゃあ、いくら何でも。。。えらいこっちゃ!!
でも他のメンバーは、本当に良く頑張ってくれて、成績もアンカーの直前までは(!)かなりの順位をキープしていました。
〈1区の慎ちゃん〉
…中学時代には県の駅伝大会で学校代表で走った事もある彼は、試走も出来なかったにも拘らず、各地区選抜の有力選手や中学生のクラブチーム合わせて約30名の中で、4キロの長丁場をナント13位(クラブ対抗の部では19チーム中7位)で1区を駆け抜けてくれました。
〈2区のひーしー〉
…私達がエントリーした“クラブ対抗の部”のランナーは男子ばかりだったのですが、さすが中学時代は陸上部に所属し、高校入学後に山岳部に入部したという彼女、頑張ってくれました。最近は受験勉強の為殆ど走っていないということでしたが、それでもコースの中で一番起伏が多い2区を繋いでくれました。
〈3区の前原先生〉
…山閉いに初めて朝日小屋を訪れた関係で、今回助っ人をお願いした前原先生。“前・泊高校陸上部監督”だけあってその姿はさすがでした(とても30代後半とは思えない!)。並み居る強豪を押しのけ、クラブチーム19名中、惜しくも中学生に4秒及びませんでしたが、区間2位の力走でした。
〈4区の祥滋〉
…いくら高校生とはいえ、全く陸上とは無縁の生活をしている彼。唯一、毎日自宅から最寄の駅まで10キロ以上の道のりを自転車で往復して鍛えられている(帰り道は、かなりの上り坂)ということで、今回OKしてくれました。でもやっぱり若い!!いつもの笑顔を絶やさずに最後まで走ってくれました。
〈5区の誠君〉
…助っ人・高校2年生・サッカー部所属の誠君、実は“週末従業員・ひろみちゃん”の息子さんです。この町民駅伝にも中学時代は3年連続で出場し、そして1週間前には、県高校駅伝に自校の代表で走るほどの実力の持ち主。やはりその力はホンモノでした、区間1位のタイムでアンカーに繋げてくれました。
〈6区の私〉
…当日の私は、2.75キロの距離を何とかどうにか、走るというよりも、足を引きずるようにして、やっとやっと完走することが出来ました。走り出して100mもしないうちに「歩きたいょぅ。。。」と思いましたが、それこそ歩いてしまったら一生後悔するのではないかという一念で何とかフラフラになりながらも頑張ることが出来ました。区間順位はもちろん。。。
最終成績は、5区までの大きな大きな貯金をアンカーの私ひとりで使い果たしてしまい、クラブ対抗の部・19チーム中、16位という結果に終わりました。クラブ対抗の部の殆どは朝日中学校のクラブチームで、大人だけのチームは山岳救助隊、朝日小屋、泊郵便局の3チームでしたが、成績は3チーム中2位。
残念ながら山岳救助隊チームには、アンカー対決の末破れてしまいました。去年は商工会チームの1区を走りかなりヒイコラ言っていたnyamaさんでしたが、今年は救助隊チームのアンカーで私の横を「お先に〜!」なんて言い残してスイスイと走り抜けていってしまいました。。。一緒に手を繋ぎながらゴールしようと、あれほど約束していたのに(笑)
でも、本当に楽しかった!!
頑張ってくれた他のメンバーには悪かったけれど、やれば出来るんだという思い、そして頭の中が空っぽになるくらいの苦しくて辛い思い、山登りとはまた違った爽快感と達成感。
ずっとポイント毎に応援を続けてくれた皆さん、本当に有り難うございました。
また来年も懲りずに挑戦する!?…爆笑

カッコいい!!
今は朝日町教育委員会勤務です。
来年からは時々朝日小屋でお目にかかれるかも。

常に笑顔、そしてマイペース。いつもひょうきんな祥滋です。

今年4回も朝日小屋に手伝いに来てくれて、「朝日小屋のツボ」にハマッテシマッタというひろみちゃん。
息子の誠君のバツグンの足の速さは、誰に似たのかナ?

朝日岳をバックに、小桜ヶ原で 02.9.26 photo by U
今日は、私の○回目の誕生日です。
娘たちには、「そんなこと、自分でHPに載せるもんじゃないわヨ!」と怒られつつも、やっぱり書いてしまいました(笑)。
今年の秋、口の悪いMさんに「更年期!?」などと冗談半分・本気半分で言われましたが(笑)、と〜んでもない!!
(身体は別としても)気持ちはまだまだ28歳!?
来年も、そして出来ればずっと、身も心も若く居たいですねぇ。
そしてステキに歳を重ねていきたいナ。
ガンバロウッと。

雲の流れと、朝日岳山頂直下に残る雪渓 02.9
昨年、そして今年と地元チューリップテレビで放送されてきた「山小屋物語」ですが、どうやら一部他県でも放送されるそうです。
全国のTBS系列各局で、興味ある番組を流すというシステムがあるらしいのですが、その中に選ばれたようです。
ちなみに先日は富山県内でも放送されましたし、鹿児島県内の方からも「見ましたよ」という連絡を頂きました。
各県全てでということはないようですが、もしご覧になる機会がありましたら、宜しくお願いいたします。
放送されたのは第一作「パート1」の分です。
以下、チューリップテレビで把握できた分のみ、放送予定を書いてみました。それぞれ深夜の放送です。
SBS(静岡放送) 日曜日 25:00
MRO(北陸放送) 土曜日 26:25
BSS(山陰放送) 日曜日 25:30 島根・鳥取
RSK(山陽放送) 土曜日 26:10 岡山・香川
ちなみに番組名は「Jコレクション 山小屋物語」として放送されるとのことです。

夕照の雪倉岳 02.8
今週初めは、所用の為東京・千葉方面へ2泊3日で出掛けていましたが、今日明日は京都へ。
大学時代の恩師の還暦お祝いの会があるので、出席します。夜は伏見にいる長女のアパートへ。
何だかとっても忙しいけど、コンタクトレンズも入って、シャキっとしています(笑)。
また日記書きます。では行って来ます。

ご来光 朝日岳山頂より 02.9.2
先日2泊3日の東京・千葉行きは、実は下澤家の三女・あゆみの結婚式がごく身内だけで行なわれ、実家の母や妹達と参列する為でした。
結婚式といっても、妹はすでに結婚して2年半近く経ち1歳半になる可愛い娘もいるのですが、ちょうど実父の病状が悪くなり亡くなった前後のことでしたので、式だけを先延ばしにしていたのです。
以前は国際線のスチワーデスをしていた妹ですが、今はしっかり“ただのオバサン”(笑)。でも、7歳も年下で(!)出張の多い夫の留守をしっかり守り母親をしている妹、その変身振りに他の3人は感心しきりでした。
式には、大雪の立山室堂から妹夫婦も駆けつけ、久し振りの四姉妹勢揃いとなりました。

恩師・濱岡先生の還暦をお祝いして 02.11.16
16日には京都へ行って来ましたが、大学時代の恩師の還暦お祝いの会があり、久し振りの友人との再会を楽しみ、そして自分の「出発点」ともいうべき学生時代を思い起こし、またまた元気印のゆかり復活(笑)です!!
B大学の社会学部・応用社会学科(当時は社会学科)で、現在も教鞭をとっていらっしゃる恩師の濱岡先生ですが、現在は学部長の要職にいらっしゃいます。しかし、20数年前と少しも変わらず笑顔がとってもステキで、お酒も大好きだとか。
今から思えば、地方出身で都会の学生生活に少々尻込みしていた私(?)、もっともっと先生から学問も考え方や生き方も教えて戴くべきだったとちょっぴり後悔しています。
婦人問題(今なら、女性問題)」をテーマに勉強していた私ですが、卒論の口頭試問の折、最後に先生から『下澤(旧姓)さん、富山に帰るんでしょ!?大学で学んだことを、富山に帰って家庭や地域の中で、自分の周りの社会の中でどう生かしていくか。頑張ってください』と励ましていただいた、その言葉をいつも心に、その後の生活の中で頑張ってきたつもりです。
『前を向いて歩いていきたい』…そんな私のポリシーの芽生えは、きっと学生時代のあの頃まで遡っていくのかもしれません。

今日の朝日岳 我が家の前から(ちょっと見難いですけど)
10日間程の間に東へ西へと旅をしました。しかしその間にも県関係の広報誌への原稿書きがあり、ボーっとした頭がなかなか回転せず(笑)ずい分苦労しましたが、なぜか今月はまだまだ忙しい日が続きます。
今日19日夜は、さわがに山岳会の小野 健さん達と、忘年会を兼ねて今シーズンの反省会をすることになっています。
明日のお昼は、町のロータリークラブの皆さんが昼食会をされるそうですが、その前に30分程朝日岳や朝日小屋のことを話して欲しいと言われています。(何を喋ろう、まだ考えていない。。。)
21〜22日には、『長野・岐阜・富山三県山岳遭難防止対策連絡会議』が長野県穂高町で開催され、私も出席することにしています。朝日岳方面遭対協からは、県警山岳警備隊の谷口隊員(入善署)と救助隊の谷口邦夫隊長、私、事務局の米田係長(役場・商工観光課)の4名が参加します。
23日は、隣の新潟県青海町との観光交流会があります。今年は青海町観光協会のメンバーが朝日町へいらっしゃいますので、今年度から観光協会の役員を仰せつかっている私も出席する事になりました。
今年の北陸地方、そして北アルプス一帯は、10月中旬から続く天候不順で高山は思いがけない深雪になっていますが、24日と30日は、もし状況が許せば標高1,000m足らずの山へ行って来たいと計画しています。天候次第ですが。
…そんなこんなで、何だか外食も多く、運動もせずに美味しいものを戴いているので必然的に体重も増加気味で、ちょっと心配です(笑)。

富山県警山岳警備隊の皆さん 剱御前小舎前にて 02.5.5
昨晩放送のNHK・プロジェクトXをご覧になりましたか??
「魔の山大遭難・決死の救出劇」
1969年、剣岳で起きた大規模遭難事故の救出活動に携わった人々の熱きドラマを描いています。(北日本新聞テレビ欄より)
現在の警備隊のランニングシーンで先頭に立って走っているのは我らが入善署の古崎分隊長(最前列左側)、そして整列している場面では谷口隊員の勇姿も。
そしてあの優しい笑顔が今も忘れられない、亡き郷 康彦さんの映像には涙しかありませんでした。
もしお見逃しになった方がいらっしゃいましたら、今晩深夜24:15〜再放送があります。

負釣山(959m)山頂にて photo by shun
昨日24日、好天に誘われて負釣山へ登って来ました。
昨年は朝日小屋を閉めて来てから何度となく通った山ですが、今年は11月に行事が目白押しだった事とずっと天候が不順だったので、4月初めにイワウチワの写真を撮りに行って以来の負釣山登山でした。
お天気が良かったからでしょう、駐車場にはすでに何台もの車があり、確か朝日小屋でお会いした事のある方も登山口にいらっしゃいました。昨日のお相手は黒部のシュンちゃん、本当は美枝ママも同行のはずでしたが直前でキャンセルとなり、“同い年2人組”での山歩きとなりました。
ついこの間までの情報では、もしかしたら登山道にも雪が残っているのではないかと思われましたが、11月に入ってからの強烈な寒さもこの数日は一旦和らいだのでしょう、日陰に少し雪がある程度で、汗ばむような陽気に「冬が来て、もう一度秋に戻ったみたいだね」とおしゃべりしながらのノンビリ登山。
途中でお会いした女性3人組の方たちから、「朝日小屋の清水さんじゃないですか?私たち、お父さんが管理人をしていらした時にツアーで知り合って、それから一緒に山を歩いているグループなんですよ」と握手を求められて、ものすごく照れくさかったです。
辿り着いた山頂には、大勢の皆さんがいらっしゃいました(昨日は約30人以上の入山者があったようです)。ご近所のIさん達の4人グループ、私の小・中学校同級生のO君親子、小学校時代の恩師・湯口康雄先生も単独で来ておいででしたし、「まだ朝日小屋に泊まった事はないのですが、いつもホームページを見ています」と話し掛けてくださった高岡の男性の方…等など、さすが地元の山ですね、チューリップテレビの宣伝効果バツグンで素性もしっかりバレてしまい(笑)、何となく恥ずかしかったです。
山頂の残雪は、約10〜15cm程度でした。
山頂で食べた鍋焼きうどん、本当に美味しかったです!
10月末の徳本峠以来の山歩きでしたが、朝日岳や白馬岳はもちろん、剱岳・毛勝山・鹿島槍ヶ岳・五龍岳など北アルプスの山々が青空に浮かび、また富山平野や黒部川扇状地も一望できて、11月下旬としては最高の登山となりました。
やっぱり山はいいですネ!!
私の“ゆっくりカメさん歩き”に付き合ってくれたシュンちゃん、どうも有り難う!

負釣山・7合目から 02.11.24
黒白まだらに見える前朝日岳から、少し左に下がった鞍部にある朝日小屋、分かりますか!?
昨日は肉眼でもはっきり確認できました。

会場入口にて photo by atushi yoneda
22日、穂高町で開かれた「三県山岳遭難防止対策連絡会議」の帰途、白馬村の樅の木ホテルビジターセンターで開催されていた山岳フォトグラファー・菊池哲男さんの写真展を見に行って来ました。
唐松岳頂上山荘と栂池ヒュッテにて開かれていたPart・1と2は、いずれも10月20日まででしたのでどちらも見るチャンスはありませんでしたが、『高き峰々』−白馬岳と後立山連峰の四季−と題したPart・3が11月25日まで開かれていましたので、一緒に行った遭対協のメンバーにお願いして寄り道をしてもらいました。
菊池哲男さんは1961年生まれ。白馬岳や唐松岳の四季をまとめた写真集「美しき山稜」をはじめ多数の著書を出版し、また2001年は「山と渓谷」の表紙撮影を1年間担当されました。
亡くなった父は何度もお目にかかっていたようですが、私は昨年9月に菊池さんが朝日小屋においでになった時に初めてお会いしました。その時は同行の皆さんがいらっしゃったのでゆっくりお話もできませんでしたが、その折に小屋の前で撮影して頂いた写真が昨年10月号の「山と渓谷」・今月の人・Peopleに大きく掲載されました。
そして先日、『…お元気ですか?…来年はぜひ(朝日岳へ)訪れたいと思っています。…ところで作品がヤマケイのカレンダー表紙に採用されました。…』という直筆の一文を添えてカレンダーを送ってくださいました。
そういうご縁もありましたので、今回どうしても写真展を見に行きたいと思いました。
樅の木ホテルビジターセンターでは、広いスペースでゆったりくつろぎながら作品を鑑賞できるようにレイアウトされた中で、白馬岳や白馬鑓ガ岳・杓子岳の白馬三山をはじめとした白馬連峰と後立山連峰の四季を写した菊池さんの作品が多数並べられていました。
初夏の山の初々しく清々しい感じ、盛夏の力強さと心躍らせられる華やかさ、秋の色付く山々の素晴らしさと物哀しさ、冬の峰々の近付き難く神々しいまでの荘厳な雰囲気…高い峰々の四季の様子が余すところなく表現されていたように思います。
菊池さんは、今年は写真展の開催で殆ど山に登れませんでしたということでしたが、来年はもしかしたら朝日小屋にも顔を出されるかもしれませんね。
今後ともますますご活躍されますことを期待しております。

作品が多数飾られていましたので、鑑賞する時間が足りないほどでした。

昨年は私も管理人1年生。
(ニュース性があったのか・笑)ヤマケイ10月号でかなり大きくしかもカラーで、菊池さん撮影の、少々髪の毛ボサボサの“すっぴんアップ”の写真を載せていただきました。
本誌を開いたとたん「ぎゃ〜っ!!」とビックリすると同時に、エライことになったなぁ。。と思ったのを覚えています(笑)。

『連絡会議』の模様
泉郷プラザホテル・安曇野 4Fプラザホール 02.11.21
21〜22日、『第44回 岐阜・富山・長野三県山岳遭難対策連絡会議』が長野県南安曇郡穂高町の泉郷プラザホテル・安曇野に於いて開催され、三県から各県警山岳警備隊や遭対協のメンバー、また行政機関の担当者等など、関係者約80名以上が出席しました。
会議は、「北アルプス南部地区山岳遭難防止対策協会」会長でもある有馬佳明・安曇村長の挨拶で始まり、三県から各代表がそれぞれ協議事項を提案しそれに基づく討論が行なわれました。
岐阜県からは県警地域課・野村浩介氏が「登山者に対する意識改革について」、また富山県からは県警山岳警備隊小隊長・清水正雄氏が「山岳遭難と山岳警備活動について」、そして長野県警からは豊科警察署地域課・櫛引知弘氏が「ツアー登山者の事故発生状況と対策」と題してそれぞれ発表されました。
昨今の「中高年登山」の流れは、ブームというよりは完全に登山のパターン・システムとして定着した観がありますが、そこで毎年増え続ける登山者の生死に関る大きな遭難事故と増大する危険性に、まさに自分自身の命を賭けて日々取り組んでいる現場からの生の意見や提言は、実際に山小屋で毎日登山者の皆さんと直接関っている私にとっても、大いに参考になりまた考えさせられる問題ばかりでした。
最後に、『連絡会議』の総意としての決議が採択され、関係機関・団体との一層の協力が強調され、今後の山岳遭難事故と二重遭難事故の絶無に取り組む決意が表明されました。
今回の『連絡会議』は、予想外に早い新雪・深雪で11月初めに涸沢カールや槍沢で起きた雪崩遭難事故で、登山者1名と山小屋(殺生ヒュッテ)関係者3名が以前行方不明になったままという事もあり、関係者にとっても自然の脅威と遭難救助の困難さ等などを改めて痛感させられる会議となりました。

発表する、富山県警山岳警備隊小隊長の清水正雄氏
【決議】
北アルプスは、日本有数の高峰を連ね、その山並みの美しさに惹かれ、毎年、四季折々全国から大勢の登山者を迎えています。
近年、特に中高年の未組織登山者やツアー登山者の増加は顕著であり、これに伴う悲惨な山岳遭難事故があとを絶たない状況にあります。
また、登山者意識が多様化する中、自救能力が低下しており、我々遭対協等の救助組織へ依存する機会が高まっております。
このような情勢を踏まえて、山岳遭難防止対策の任務に当たる我々は、その責任の重大さを自覚し、健全で安全な登山を推進するため、
1 体力、技術に見合った『安全登山の計画』
2 遭難防止、自救能力を高めるための『自助努力』
3 『変わる登山者の意識・変わらない山の怖さ』
について、関係機関・団体等と協力して一層の指導、啓蒙活動を展開するとともに、救助体制の確立を図り、二重遭難事故の絶無に務めて参ります。
以上、決議する。
平成14年11月21日
第44回 岐阜・富山・長野三県山岳遭難対策連絡協議会

立山・剱岳方面遭難対策協議会、救助隊長の重責を担っていらっしゃる剱沢小屋の佐伯友邦さんです
懇親会の席上で挨拶をされました。
つい先日の“NHKプロジェクトX”にも出演していらっしゃいましたが、いつお会いしても柔和で温和なその表情と話し振りに、立山芦峅寺の「山男」のお人柄がうかがえます。

厳しい話、難しい話をした後は、やはりいつもの楽しい「懇親会」が待っていました(笑)。
山小屋の皆さんとは年に1〜2度ほどしかお会いできませんので、情報交換やら激励やらということで、皆さんお酒も強くていらっしゃるので、大いに盛り上がりました。
今回の会議は、長野県南部地区の担当でしたので、常念・穂高・乗鞍・堀金・上高地・有明などの各地区から大勢の出席者がありました。
北アルプス南部地区山岳遭難防止対策協会の
左 涸沢ヒュッテ・山口 孝 (山小屋班長)
右から2人目 岳沢ヒュッテ・上條岳人 (救助隊長)
右 徳本峠小屋・今川剛之 (監事) の皆さん
そして 私

左から 八朗さん、アイちゃん、マーちゃん、
そして 小野さん、ひとみさん 後ろに シゲノブさん の皆さん
先週の19日(火)、新潟県青海町在住のさわがに山岳会・小野 健さんたちと、今シーズンの慰労(反省?)を兼ねてひと足早い忘年会で楽しい時間を過ごしました。
わざわざ朝日町までおいでくださったのは、小野さんはじめ、「ベニズワイ」「カタクリクラブ」の会から、いつも栂海新道のヤブ刈りなどの整備に携わっていらっしゃる皆さんです。
実は10月末に栂海山荘の小屋閉めがあって、昨年はその山行にご一緒させて頂いた私でしたが、今年は他の行事と重なってしまい残念ながら晩秋(今年は初冬だったらしい)の犬ヶ岳へ行けなかったので、それでは下界で美味しいお酒と楽しいおしゃべりを、とお会いする事になりました。
今年、小野さんは何度も朝日小屋まで登って来てくださって、登山者の皆さんに栂海新道を紹介したスライドの上映会をサービスしてくださいました。12月31日で満70歳とは思えない山男らしい逞しさは健在で、また40年に亘って栂海新道に注ぎ続けた情熱は少しも衰えないように思えます。
栂海新道が開通して30年以上が過ぎ、そこを歩く登山者の主流も中高年に変わりましたが、昨年と今年を見ていると「静かな山歩きを楽しみたい」「アルプスから日本海までを歩き通したい」という皆さんの想いは強く、中には50〜60歳代の女性だけのグループなども日本海を目指して朝日小屋へいらっしゃいました。
いくつものピークを登ったり下ったりあのアップダウンの激しいロングコースを、北アルプスの最北端・朝日岳から海抜0メートルの日本海まで、登山道を維持管理し整備する事がどんなに大変か、小野さんはじめ何人もの関係者の皆さんの姿を見ている1人として、この道が沢山の登山者の皆さんに愛され続け、また大切に歩いて頂きたいと願わずにおれません。

我が家の廊下で photo by 自動シャッター
長女から「お母さん、自分の写真を載せ過ぎ!」と叱られましたが(笑)、やっぱり自分をモデルにしてしまいました(爆笑)。
先日、妹の結婚式で東京へ出かけた折に、念願のテントを買ってしまいました。2〜3人用です。
初めてのテント、うふっ…
えっ!? テント背負って何処へ行くのかって??
う〜ん、雪山は無理だろうし。。受験生を2人も抱えているので、春までは静かにしていなくちゃいけないかしら。。
それとも家の前で張って、シュラフで寝てみようかな(笑)
あら、それって今流行の?「プチ家出」みたい(爆笑)

主治医のY先生 右は膝の具合を診てもらう茜ちゃん 02.8.14
1997年(平成9年)に右足股関節の手術をしてから、今日で丸5年が経ちました。
「右足股関節臼蓋形成不全」という病名でした。Y先生にはそれ以来ずっとお世話になっています。
昨年までは、寝不足をしたり疲れたりすると、決まって右足がだるくなったり時には辛い時もありましたが、今ではそんな事も殆どなくなりました。
まれに長い時間山道を歩くと、左足よりも先に必ず右足に疲れが来ますが、それも上手に付き合ってやればごまかす事が出来るようになりました。
山好きのY先生は、今年も朝日岳に遊びに来て下さいました。そして、朝日小屋でケガ人や病人が出た時には、先生に緊急連絡を入れて指示をお願いしていました。
いつも頼りにしてばかり、本当に有り難うございます。

ミヤマアズマギク 02.8.9
何だか次から次へと雑用やら、お楽しみやら(笑)…
今晩は、小川温泉元湯で「夜なべ談義」が開催されるので、出席して欲しいという依頼があり行ってきます。
夜中に帰って来てから、もしかしてお天気次第では、明日は山へ。
日曜日の夜には、また用事が…
また、日記は書きますネ。では。