小屋番日記 2003年03月

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2003/03/02  三女・かなえの卒業式

 教室でクラスメートに最後の挨拶をする、かなえ   03.3.1

 3月1日、三女・かなえの高校では卒業式が行なわれました。入学したのが昨日の事のように思い起こされますが、今は本当にホッとしています。
 正直な気持ちを言えば、いろいろあった3年間でした。ホント…。
 私の実父が8ヶ月間の入院を経て亡くなり、私が山小屋管理人となって我が家の生活も一変。ナンダカンダとバタバタし1年の3分の1以上も家を留守にするという変則的な生活に、子ども達の日常を巻き込んだ形になってしまいました。高校生活もどうなることかと思いましたが、お陰さまでそんな我が子もどうにか無事に卒業することが出来ました。
 かなえが卒業した魚津高校は、旧制中学時代から100年有余の歴史を持つ伝統校で、かつては甲子園で徳商の板東英二と村椿投手が投げ合った“蜃気楼旋風”で有名ですし、タレントとして活躍する室井 滋さんの出身校でもあります。
 そして、剱岳等などの撮影で有名な写真家でアルピニストの佐伯郁夫さんなど多くの先達を輩出している山岳部は、1950年代から高校山岳界に輝かしい歴史を刻み、剱岳チンネやその他には「魚高ルート」と名の付くルートもあるそうです。
 入学してバスケ部に所属したかなえは、2年生から山岳部に転部しました。実は中3の時から、双子の二女・はるかと同じ高校に進学して一緒に山岳部に入ってくれたらなぁという話も出ていたのですが、どうしても別の高校に行きたいと言い張る娘たちの言い分がありそれぞれの高校を選び、かなえもはるかも「山岳部なんて、絶対入らんからネ!」と。。。(笑)
 そんなかなえも、私の父が亡くなってからいろいろ考える所があったのか、彼女はその後自分の意志で山岳部に移りました。小さい頃から北又から恵振山の急坂を登り朝日岳への道を通った彼女には、高校の部活で登ったいくつかの山はそれ程キツイものではなかったようですし、楽しそうに部活を続けていました。
 しかし残念ながら、3年になった彼女に新しく入部してくる後輩は現れず、やむなく女子山岳部は現在休部状態です。
 朝日小屋と魚津高校山岳部の繋がりはいろいろありますが、父の代にも沢山のアルバイトが集まってくれて私たちを助けてくれました。男子もそうですが、特に女子では立山室堂山荘に嫁いでいる妹が所属していた縁もあって、何人もの先輩たちが手伝ってくれました。一昨年、昨年と来てくれた川井君、さやかちゃんや鮎美ちゃん達もそうでした。
 最近の高校山岳部の衰退はどこの県でも顕著だそうですが、輝かしい伝統を持つ魚津高校山岳部がこれから若い力で盛り返し、更なる発展をし活躍されることを、卒業生の母として、そして朝日小屋管理人として祈念いたします。

2003/03/02  2月末のトラブル

 大地山から見る初雪山   03.2.28 photo by shun

 2月末に3〜4日間、一部コンピューターによっては朝日小屋のホームページに接続できないというトラブルが発生しました。
 朝日小屋のホームページを管理してくれているnyamaさんやBANさん達にもいろいろ調べてもらいましたが、直接の原因が分からず、手立てを尽くして後は暫く待つことに…。
 ようやく復旧しましたが、その間私自身が日記をUP出来ない状態も続きました。皆さんにご心配やらご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした。
 
 山仲間のシュンちゃんが、大地山へ登ったとメールをくれました。当日、富山県地方はものすごく良いお天気だったんですよネ。
 雑用に追われ、2月中は全く何処へも行けなかった私。3月はいくつかお誘いもあり、ボチボチ予定も立って来ました。
 春の山、絶対登るぞ〜〜!!
 

2003/03/02  2月はあっという間、そして3月も…

 大地山から、朝日岳の眺め   03.2.28 photo by shun

 2月は28日しかないので、やっとさえ慌ただしく感じられるのに、子ども二人の受験(“ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たる”で西へ東へと行くものだから、バタバタしていた。生活もお金も・苦笑)、そして税金の申告と関係省庁へ各種書類の提出等など、あっという間に過ぎて行ってしまいました。
 3月は双子の高校生の卒業式(1日と4日)、4〜5日には「三県山小屋協会」の総会(於・高山)、16日は親戚の法事、後は娘たちの“最後のアガキ”後期の受験と“行先”決定、下宿探しやら引越し、部屋の片付け等など…。
 街へ買い物に出掛けても、そろそろ山で使うもの・購入予定のものがかなり気になって来ました。…ふふふ。
 細切れの予定のその間を縫って、山行きの計画も(笑)。
 春だ春だ、頑張るぞぉ〜!!
 

2003/03/03  「テーマパーク」

 彼方に見える大地山を目指す  03.2.28  photo by shun

 先日のニュースで、長崎県佐世保市の大型リゾート施設「ハウステンボス」が、自主再建を断念したと報じられました。負債総額は約2,289億円。正直言って、どんな額なのか想像もつきませんが。。。
 元々人ごみが嫌いで、ワンサカと大勢の人が集まるような場所を苦手とする私(酒も弱いが、人ごみにも酔ってしまう)ですから、「テーマパーク」と呼ばれる施設にはあまり縁はないのですが、実はハウステンボスへは行った事があるんですヨ。
 管理人になる前まで勤めていた個人の開業医(院)が解散する直前に、職員4人で九州へ思い出旅行へ行って来ました。その折いろいろ観光名所を巡りましたが、「やっぱり、話のタネに一度は行ってみたほうが…」という旅行会社の勧めでハウステンボスもコースに入れてもらいました。
 正直言って、私は行きたくありませんでした。オランダがテーマと聞いていましたが、「なんで長崎を訪ねて、オランダなの?」の思いが拭えず、あまり気乗りがしないままゲートをくぐったのですが、結果はやっぱり。。。他のみんなも「1回来ればイイわ」との意見でした。
 先の見えない未曾有の不況の中、長崎県や佐世保市、また関係者の皆さんへの影響はかなり大きく、同じ観光産業に関わる者として、この御時世では決して他人事とは思えません。
 破たんの原因は諸々あるとは思います。ここでそれを論じても仕方ありませんが、私のようにあまり観光地を巡ったことがなく何処へ行っても珍しい者は、異国情緒溢れる長崎県の従来からの観光スポットに大いに感激し、地方の言葉を聞いても名所旧跡を廻っても充分に楽しむことが出来ました。
 そんな私にすれば、今回のハウステンボス“夢の城”の破たんは、「観光」の在り方をつくづく考えさせられる機会でもありました。人工の“作りモノ”や“にせもの”が全て悪いとは一概に言えるわけもありませんが、実際行ってみてハウステンボスにはかなり『ムリ』があるのではないかと感じました。「もう一度行きたい」というリピーターの観光客がいなかったということも、テレビでは論じられていました。
 それにしても。。。
 中小業者がどれだけ負債に苦しんだところで、金融機関が借金を棒引きしてくれたという話は聞いたことがありませんが、メインバンクが2度にわたり総額533億円の債権放棄を実施したと聞けば、「世の中、どうなっているの?」と思いたくなるのは、私が僻んでいる証拠でしょうか(苦笑)。

2003/03/03  明日の日記は、お休みします!

 今日は“ひな祭り”

 今日は、富山県地方でも「春一番」が吹きました。昨年よりも12日早いそうです。…ところが夕方からかなり冷え込んで来て、午後7時頃に山間部では車を走らせていると前が見えないくらい激しい雪が舞っていました。今週中は断続的に雪の日も予想され、北陸地方の本格的な春は未だもう少し先になるのでしょうか。
 税金の申告が終わって休む間もなく、『宿題』に取り掛かっていました。
 役場商工観光課へ報告した「平成14年度登山者調べ」、期日がかなり過ぎても提出しないものだから、担当のアッちゃんの冷たい視線が気になって…(笑)。でもこれが結構ややこしい調査で時間が掛かったんですょ。それから、森林管理署へ提出しなければならない「平成14年度・営業実績報告書」。そして大蓮華山保勝会の会誌に載せる原稿を、催促されつつ約2,000字程で書き上げて…。
 諸々の『宿題』がようやく仕上がり、今日はホッとしています。

 明日4日は、二女・はるかの卒業式です。黒部市にある桜井高校での式は、もしかしたら雪になるかもしれませんネ。カイロを忘れず持参します。
 
 式が終わったすぐ後に、私は高山市へ向けて出発します。先日もお伝えしましたが、「北アルプス三県山小屋協会」の年に一度の総会が開かれるのでそちらに出席の予定です。
 明日は、すごく楽しみにしているんです。えっ、何が楽しみかって?…そりゃぁ、もちろん“お泊り”ですよ(笑)。料理人さんが腕を振るってくれた美味しいお料理を戴いて、ゆっくりお風呂に浸かって、普段の“主婦”の生活からは縁遠い贅沢ですからネ(再び・笑)。
 「北アルプス三県山小屋協会」には、長野県に北部と南部、岐阜県で1つ、富山県に立山と黒部の合計5つの組合が所属しています。そしてその5つの組合が持ち回りで幹事を務めて総会の進行役を担当するわけですが、私が最初に管理人になった一昨年は黒部が当番で、昨年は立山が当番でした。…ということで、総会で県外を訪れるのは初めてなので、余計楽しみにしています。
 しかし、これもやっぱり「大切なお仕事」です!!
 一年に一度、普段はなかなかお会いできない大勢の山小屋のオーナーの皆さんが一同に会し、様々な問題点を出し合ったり共通の認識を深めたりして、情報や意見を交換する場としては貴重な会合です。
 また、山岳雑誌関係や業者さんで参加される方々もあるので、ここでの情報もいろいろ参考にしたいと思っています。
 最初に出席した時は本当に右も左も分からず、名刺を持ってただウロウロしていたように覚えています。2年目の昨年はやっと少し余裕が出たかな。
 正直なところ、この日を心置きなく迎えたいが為に、税金の申告や『宿題』も頑張ったというところでしょうか。
 というわけで…明日は早いので、朝に日記を書いている余裕はないかもしれません。申し訳ありませんが、お休みさせて下さい。よろしくお願いします。

追伸
 皆さん、掲示板をこよなく愛し、また活用してくださり、本当に有り難うございます!!
 なかなかお返事も書けないままでとても心苦しいのですが、諸般の事情もありますので、どうぞお許しくださいませ。

2003/03/06  「平成14年度・北アルプス山小屋協会総会」

 総会の様子  
    議長は、飛騨山小屋友交会・会長の小池 潜氏(双六小屋)

 3月4日、「平成14年度・北アルプス山小屋協会総会」が飛騨高山市の高山グリーンホテルで開かれました。
 総会は、三県(岐阜・長野・富山)の北アルプス各山小屋からオーナーや支配人等60名近く、また環境省(自然保護事務所)・農林水産省(森林管理署)・国土交通省(砂防工事事務所)、開催地の岐阜県から上宝村村長や県警山岳警備隊飛騨方面隊隊長、飛騨ガイド協会会長等の来賓各位、関係業者多数等など合わせて約100名近くが出席し盛大に開かれました。
 総会は議案に基づいて議事進行され、会計報告や事業報告、来年度の新役員の選出や事業計画に続いて、昨シーズンの5地区別の実情報告、諸官庁からの連絡事項や要望事項が報告されました。
 議事に引き続き、山岳ジャーナリストの菊地俊朗氏による講演も行なわれました。
 また関係業者からは、特に近年各山小屋での利用が進む生ゴミ処理や山岳トイレに関する商品の説明などもありました。山岳雑誌の出版社からの出席もありました。
 地区別の実情報告によると、宿泊者数や営業収入は各地区・山域・山小屋毎に多少の差異はあるものの、北アルプス全体では前年と比べると若干の減少になったということでした。
 理由としては諸々考えられるようですが、例えば大きな山小屋では天候に恵まれた割には7月海の日の連休にそれ程の人出がなかったとか(超・混雑を避けたのか?)、8月後半にやっと盛り返したとかいうこともあったりしたそうです。また不況の影響で登山者の足も遠のいている、登山人口そのものの減少といった報告もありました。
 特に私が所属する黒部観光旅館組合では、9月中旬に黒部峡谷鉄道が落石で通行できなくなりそれ以降の営業が事実上ストップし大打撃を受けたことが報告され、また今シーズンは雪融けを待って鉄道の復旧作業に入るわけですが、開通予定が7月18日にずれ込むので峡谷鉄道沿線の旅館では今シーズンもかなりの収入減が予想されるとのことでした。
 しかしその中で、立山山荘協同組合に所属する薬師岳方面の黒部源流・太郎平周辺の山小屋と、黒部観光旅館組合の中でも朝日小屋が、比較的良好な入り込みだったという報告もありました。
 これは最近の中高年登山者の中で、『百名山ブーム』というものに落ち着きが見られる一方、「今までに行ったことのない山」「お花のきれいな静かな山」を求めてコースを選んでいるという傾向があるからではないかということのようです。
 それから、生ゴミや可燃ごみの処理及び山岳トイレに関する懸案事項等など環境保全と衛生の問題に関して、また、国立公園内の土地利用料設定に絡む問題等などについては、関係諸官庁との活発な議論がなされました。
 一年に一度の総会ですので、友好を深めながらも、山積する諸問題にどう取り組むかなど、大変有意義な会合となりました。
 14年度は「飛騨山小屋友交会」の担当でしたが、来年度は「北アルプス山小屋友交会」(長野県南部)に担当が交代します。
 

2003/03/06  盛り上がった“懇親会”

 お楽しみ(?)の懇親会デス
  …お酒を飲みながら、膝をつき合わせての“情報交換”
  …これも大切(笑)!

 真剣な討議の後は、恒例の懇親会でより一層の親睦を深めました。
 いつもは「お酒に弱い」と公言している私(!?)ですが、今回はちょっと飲めましたネ(笑)。日本酒が美味しかったです!
 お酒の後の“高山ラーメン”も、最高でした!!

2003/03/06  業者代表者からの挨拶

 懇親会の席上、会長挨拶、来賓祝辞に続いて、出席業者を代表して梶u山と渓谷社」出版部部長の神長幹雄氏が挨拶されました。
 ご本人は、この会に4年ぶりに参加されたそうです。
 亡父もいろいろお世話になっていたようですが、私は初めてお会いしましたのでご挨拶と少しお話をさせて頂きました。

2003/03/06  「岳人」からも

左は、山の情報誌「岳人」編集部の古館尚樹氏。
右は、飛騨山小屋友交会会長の小池 潜氏。

2003/03/06  新しく会員に…

 今回から、北アルプス北部山小屋組合(長野県北部地域)に、白馬岳蓮華温泉ロッジの田原善一氏が参加されることになりました。
 もちろん、朝日岳・朝日小屋がいつもお世話になっている新潟県の蓮華温泉の田原さんで、県は違うのですが、同じ北アルプスの山小屋として諸問題に一緒に取り組んで行かれることになりました。
 「北アルプス山小屋協会」の会員としてお互いの友好を深め、ますますのご活躍を期待するものです。

 右、白馬岳蓮華温泉ロッジ・田原善一氏
 左、餓鬼岳小屋・伊藤宗右エ門氏

 餓鬼岳小屋も、素朴で昔ながらの雰囲気を残すとても人気の小屋らしいですネ。一度行ってみたいなぁ。

2003/03/07  今日は、日帰りで信州松本へ

 木道脇に咲く、オニシオガマ   02.8.28

 今日は用事があって、日帰りで信州松本へ行って来ました。
 朝6時半には家を出たのですが、昨晩からかなり降った雪で国道の除雪も追い付かなかったのでしょう、スリップ事故も起きていましたが、豊科町に入ってから大渋滞に巻き込まれモノ凄いノロノロ運転!!…雪の無い時なら私の運転でも3時間ちょっとで行くところを、結局松本市に到着するまで5時間もかかってしまいました。
 用事を済ませてのとんぼ返りでしたが、帰りは渋滞にこそ合わなかったものの暗くなってしまい、国道148号線では大型トラックとの「恐怖そしてスリリングな・バトル!?」(…ナニセ、私は軽四自動車でスピード60キロで走るのですが、前からも後ろからも大型トラックがバンバンと近付いてくる・苦笑)
 途中、“初心者マーク”の長女に運転を代わったのですが、やはりちょっとムリだったようです。15分程ハンドルを握ったら、また交代しました。
 帰りは約4時間程でしたから、殆ど休みナシの往復9時間の運転。さすがにちょっと疲れましたネ。雪道だったので、かなり気も張っていましたから。
 晴れていれば雪の北アルプスがずっと眺められたはずなのですが、今日は帰りに大町市辺りで少し顔を覗かせてくれた他は、残念ながらどの山も見ることが出来ませんでした。
 でもまあ、松本市へはこれからもちょくちょく行く機会が出来たので(??)、青空に聳えるアルプスの山並みは今度の時まで楽しみに…。

2003/03/07  オーナー紹介 … 冷池山荘

 柏原一正氏(北アルプス北部山小屋組合所属)

 秀麗な双耳峰で有名な鹿島槍ヶ岳の冷池山荘、爺ヶ岳の種池山荘、そして鳴沢岳の新越山荘の3つの山小屋のオーナーです。
 朝日小屋がいつも物資の輸送をお願いしているヘリ会社と、柏原さんが利用しておられる会社が一緒ということもあって、初めてお会いしてお話させて頂いたのですが、ラーメンを食べながらいろいろ盛り上がりました。
 柏原さんも自分の小屋のホームページを作って、時々日記もかいていらっしゃいます。ぜひ一度覗いてみられませんか?

2003/03/07  オーナー紹介 … 燕山荘

 赤沼健至氏(北アルプス山小屋友交会所属)

 北アルプスを登っている登山者の方なら、もしかしたらお会いになっていらっしゃるかもしれませんね。
 創設1921年(大正10年)以来80年以上の歴史を誇る北アルプス有数の山小屋、燕山荘のオーナー・赤沼健至氏です。
 お客様に対する行き届いたおもてなしや、オーナー自らのアルプホルンの演奏なども有名ですね。
 燕山荘の他にも、大天荘、ヒュッテ大槍、合戦小屋、中房渓谷・有明荘等なども経営しておられます。
 朝日小屋とは経営規模も違い、小屋の歴史や北アルプスの山小屋の中での存在感もかけ離れ、全く「雲の上の存在」という気もしますが、今度ぜひ一度山荘を訪ねてゆっくりお話を聞かせて頂きたいと思っています。

2003/03/08  今日は高岡へ

 小屋の周りのお花畑で   02.8.3

 今日は由起子さんと一緒に高岡へ出掛けて来ます。以前から楽しみにしていた「ゆかりファンクラブ・高岡支部」(…そんなのが、存在するのでしょうか?・笑)の方々とお会いします。
 な〜んて、本当は茜ちゃんのお家の方々や吉村さんご夫妻とのお楽しみ会です。
 実は、同じ富山県内でありながら私は高岡にあまり縁がなくて、親戚や友人が殆どいないので、出掛ける機会も今まではありませんでした。そういう話をしたら、「じゃあ、今度ぜひ遊びにいらっしゃい」とお誘いを受けました。
 お天気が良かったら二上山にも登る予定でしたが、今日の富山県地方は朝から雨が降り風も強いあいにくのお天気なので、おしゃべり中心の会になりそうです。
 今日は電車で。それでは、行ってきます!

2003/03/08  オーナー紹介 … 槍岳山荘

 穂苅康治氏(飛騨山小屋友交会所属)

 言わずと知れた、“日本のマッターホルン”槍ヶ岳にある槍岳山荘オーナーの穂苅康治氏です。
 大正15年創業、定員650名を誇る有名な山小屋ですね。
 4月末〜11月連休まで営業し多くの登山客で賑わう槍岳山荘ですが、昨年は大規模な改築をされて大変だったとか。今まで以上に快適な山小屋になってお客様をお迎えできる態勢が整ったようです。
 他にも、槍沢ロッジ、南岳小屋、大天井ヒュッテ、雷鳥ヒュッテなども経営していらっしゃいます。
 ホームページも充実しています。とてもお忙しいオーナーですが、「レンズを通したあるじの視線」という日記もUPしておられて、私も楽しみに読ませて頂いています。
 

2003/03/08  オーナー紹介 … 涸沢小屋

 奥原廣次氏(北アルプス山小屋友交会所属)

 涸沢小屋オーナーの奥原廣次氏です。
 「清水さん、ぜひ一度遊びにいらっしゃい!」と、お会いする度に誘って下さいます。
 雪と岩の殿堂・涸沢でも、涸沢小屋は眼前に前穂の岩峰群、眼下に涸沢カールの大雪渓を臨む最高のロケーションに位置しています。
 紅葉の中にどっぷり浸かりながら、テラスでお茶…。いいですねぇ!
 本当は昨年10月末に涸沢まで行ってみようかという話もあったのですが、ちょうどあまりのドカ雪でどうしても行けなかったので、今年はぜひ!!
 もちろん、涸沢小屋のHPも充実しています。また覗いてみてください。

2003/03/10  「ゆかりファンクラブ・高岡支部」…??

 由美子さん手作りのご馳走を前に、乾杯!   03.3.8

 「ゆかりファンクラブ」なんて、我ながらおこがましく、そして図々しくてゴメンなさい。 
8日(土)、週末従業員の由起子さんと一緒に、高岡へ出掛けて来ました。「ゆかりファンクラブ・高岡支部」の初会合に呼ばれて…??
 当日は、昨年初めてアルバイトに来てくれた茜ちゃんのご両親とお姉さんの香ちゃん、いつも掲示板に書き込みをしてくださる“山の歌”さん、ちょうど1年前の3月9日に負釣山でお会いし、その後小屋閉いに初めて朝日岳に登って来てくださった吉村さんご夫妻(…奥様の由美子さんは、昨年山渓の“マ・ダンナ”で見事1位の栄冠に輝いた女性です)、そして由起子さんと私の8人が集合しました。
 JR高岡駅で待ち合わせをし、歴史と情緒溢れる高岡の街をずっと案内して頂きました。私は確か小学生の頃に遠足で訪れたこともあったと思いますが、大人になってからゆっくり地元の方に案内して頂いて廻ったのは初めてでした。
 特に吉村さんご夫妻が、「高岡はとても歴史ある街なんですよ。いい所でしょう」とおっしゃって、雨晴海岸や瑞龍寺や高岡大仏などの名所旧跡はもちろん、路地裏にある小さな石仏や高岡らしい街並み等などをゆっくり案内して下さいました。これには由起子さんや私の他に、高岡に住んで20ン年という茜ちゃんのお母さんも大感激!
 夜は吉村さんのお宅にお邪魔して、由美子さん手作りのお料理を囲んでパーティー。ご馳走もいっぱい、持ち寄りのお酒やらワインで大いに盛り上がり、とにかく賑やか賑やか!…“高嶺の花”ならぬ“話のハナ”が満開、尽きることない「山の話」は夜遅くまで続きました。
 本格的な山歩きを初めてまだ10年足らずという茜ちゃんのご両親や、2年程前から山に「ハマッて」しまい今は夢中という“山の歌”さん、学生時代からずっと山を登り若い頃には本格的な冬山にも挑戦して、2年間立山の山小屋に入った経験もあるという吉村さん…山の経験もそれぞれに違うのでしょうが、飲むほどに酔いがまわるほどに、山への想いや朝日岳と朝日小屋の話は延々と続きました。
 最後にはみんなで「坊がつる賛歌」を歌い、名残は尽きませんでしたが今シーズンの朝日小屋での再会を約束し宴はお開きに。
 翌日は、高岡古城公園を散策した後に、楽しい会も解散となりました。
 たまたま高岡在住で、朝日小屋に関係した皆さんでの顔合わせとなりましたが、初対面の方々もいらっしゃったのですが、「山の仲間って、こんなにステキなんだネ」と納得した会となりました。
 同じ県内にありながら、あまり訪れない高岡の地の魅力も大いに発見させてもらい、とても有意義なひとときとなりました。皆さん、本当に有り難うございました。

2003/03/10  国宝 高岡山・瑞龍寺

 訪れたのが小雪の舞う肌寒い夕方だったせいか、観光客も少なく、静寂に包まれた瑞龍寺でした。
 その凛とした表情が、とても印象的でした。

2003/03/10  手作りパン

 由美子さんは、手作りのパン教室を開いていらっしゃいます。当日は私たちの為にと、沢山のパンを焼いてくださいました。
 見事でしょ?…ホントに美味しかったんですよ!!

2003/03/10  雨晴海岸

 当日はあいにくのお天気で、楽しみにしていた北アルプスや立山連峰の山並みは全く見えませんでした。
 本当は、この雨晴海岸越しに雪を被った山々が見えるはず。
 「一番先の端には、朝日岳もはっきり見えますよ」と教えて下さいました。
 今度は絶対、快晴の空に聳える朝日岳を見に行きます!
 写真は、女岩。

2003/03/11  「世界で一つだけの花」

 ハクサンコザクラ    02.8.28

 最近テレビ等でよく耳にする歌で、とても気に入っている曲があります。
 聞いていて心がなんとも温かくなるので、歌詞を書いてみますネ。

「世界で一つだけの花」   歌 SMAP
                作詞・作曲 槇原敬之  編曲 板川敬子 

1.花屋の店先に並んだ  いろんな花を見ていた
  ひとそれぞれに好みはあるけど  どれもみんなきれいだね
  この中で誰が一番だなんて  争うこともしないで
  バケツの中誇らしげに  しゃんと胸をはっている
  それなのに僕ら人間は  どうしてこうも比べたがる?
  一人一人違うのに  その中で一番になりたがる?
  ※  そうさ  僕らは
     世界で一つだけの花
     一人一人違う種を持つ
     その花を咲かせることだけに
     一生懸命になればいい

2.困ったように笑いながら  ずっと迷っている人がいる
  頑張って咲いた花はどれも  きれいだから仕方ないね
  やっと店から出てきた  その人が抱えていた
  色とりどりの花束と  うれしそうな横顔
  名前も知らなかったけれど  あの日僕に笑顔をくれた
  誰も気づかないような場所で  咲いていた花のように
  ※  くり返し

  小さな花や大きな花も  一つとして同じものはないから
  bPにならなくてもいい  もともと特別な Only One



2003/03/11  それぞれの花を咲かせて…

 ウサギギク    02.8.31

 今日の富山県地方は、昨晩から冬型の気圧配置に覆われ3月中旬とは思えない寒さとなって、雪が舞う日中となりました。
 そんな中、15年度富山県立高校全日制の一般入試が今日から始まりました。私の友人や知り合いのお子さん達の中にも、志望校への難関に挑んでいる若者達がいます。
 4人の娘を持つ私も、これまでに何度か経験してきた「受験」というプロセス。親子共々に、悩んだり、心配したり、そして喜んだり…。
 親なりの思いで悶々とすることもありましたが、そんな時はなるべく楽天的に考えるようにしています。「子どもって、親以上でもなく、そして親以下でもない」…そんな風に考えたりもしながら。
 親が子どもにしてやれることは限られています。その子なりの道を見つけて、後押ししてやることが出来れば良いのですが。でも、頑張れる度合いはその子その子なんですよネ。
 鮮やかに咲く大輪の花もあれば、小さくても存在感のある花もあります。花びらや葉の色も濃い色もあれば淡い色もあり、形も様々ですね。里山やまして高山にあれば、開花からその可憐な姿を人の目に触れないままに終えてしまう花もあります。
 それぞれの花は、それぞれに精一杯咲いています。「世界で一つだけの花」として。
 頑張れ、受験生!!

2003/03/12  “手打ちうどん”の想い出

 小屋閉め直前、片付けられた厨房     02.10.16

 先日来、海洋深層水入りの“手打ちうどん”が朝日小屋の新名物になるとかならないとか(笑)、いろいろと盛り上がっていましたネ。
 実は…かなり昔になりますが、私も“手打ちうどん”を作ったことがあるんですヨ、朝日小屋で。
 私が学生の時だから、かれこれ20ン年前になるでしょうか。8月の終わり近く、何故か父が留守でアルバイトも下山してしまった初秋の頃、私と東京から来ていた居候(?)の藤さんと二人きりだったような、それも良く覚えていないのですが…。
 とにかく、無性に何か“変わったモノ”が食べたくなりました。
 1985年に建った現在の小屋になる前の「先代の朝日小屋」には、今のように大型の冷凍ストッカーはなく、船舶等で使用する為に製造されたというプロパンガス仕様の冷凍冷蔵庫が1台あっただけ。
 ヘリコプターでの荷揚げもシーズン中に1〜2回だけで、後は“ボッカ”が頼りでしたから食材には限りがあり、食べる物には決して贅沢は言えませんでしたし、それが当たり前と思っていました。でも、常連さんからの差し入れがある夏の盛りを過ぎて秋風が吹く頃には、お客様もいらっしゃらないし毎日毎日同じような食べ物に飽きてきたんでしょうネ。今のように、冷凍のラーメンやうどんなんて考えられませんでした。
 「何か作ろうか?」と言ってはみたものの、材料は限られていて、それも使ってもOKなものは…。ありました、ありました、天ぷらの衣用の小麦粉。麺棒は、っとありました、すりこ木。
 生まれて初めての“手打ちうどん”作り、ああだこうだとかなり時間がかかって、食べられたのは夕方だったのを覚えています。狭い厨房を小麦粉の粉だらけにしドッタンバッタンと一生懸命こねて、そして打ちました。
 出来上がったシロモノはお世辞にも「ウマイ!」とは言えなかったようで、ボソボソしていてポロポロとした感触の“手打ちうどん”でしたが、それでもそれなりに二人とも満足したように思います。お客様にもお出ししたのかなぁ、覚えていません。
 でも今シーズン、きっと朝日町観光従業員さんを中心とした『手打ちうどん・作り隊』の皆さんが奮闘して、私に美味しい“朝日小屋名物・深層水入り手打ちうどん”を食べさせてくださる事を信じています。とっても楽しみです!よろしくお願いしま〜す!!

2003/03/12  素直になれなくて。。。

 ヘリコプターから見た、白馬連山   02.7.6

 今日は朝から気になることがあり、それは一日中私の頭の中から離れない。
 もっと素直になればいいのに、気持ちとは裏腹の行動しかとれない自分。
 悩みながら口にした言葉は、とっても“優等生的”…
 自分の思いが相手に届かず、期待していた答えが返ってこないと落ち込んでしまい、そしたらまたまた自己嫌悪…
 あ〜ぁ、なにやってんだろう。。。
 明日こそ素直になりたいな。。。

2003/03/13  『山の歌』

 朝日小屋、昨シーズン最後の布団干し   02.10.13  

 先日高岡を訪れて皆さんとご一緒した折、いつも掲示板に書き込みをしてくださる“山の歌”さんのペンネームに話題が集中しました。「そのペンネームを使っていらっしゃるのは、どうしてですか?」
 “山の歌”さん曰く、「私は山歩きを始めてまだ2年程と間がないので、皆さんがご存知の歌をそれ程たくさん知っているわけではありません。でも『山の歌』って、ホントにステキだし憧れもあります。これからそんな曲をもっと覚えたいという思いもあって、ペンネームにさせてもらったのです」
 それで、「ゆかりファンクラブ・高岡支部」の最後は山の歌の合唱で大いに盛り上がったというわけなのです。その時“山の歌”さんは、「坊がつる賛歌」を熱唱されていました。
 皆さん、『山の歌』というとどんな曲を思い浮かべますか??
 山の歌といえば、外国民謡が原曲だったり、山里の地方に古くから伝わるものだったり、旧制高校の寮歌や大学山岳部の部歌だったりと、それぞれに年月を経て歌い継がれたものが多いように思います。
 私が初めて朝日岳の山開きに参加した頃には、夜の交流会には必ず歌集が配られみんなで合唱するコーナーがあったと記憶しています。そんな時に大人の皆さんの口を真似て自然にいくつかの曲を覚えました。
 「いつかある日」・「山男の歌」・「山小舎の灯」・「山の子の歌」・「雪山に消えたあいつ」…そんなポピュラーな山の歌は、どれもその頃から大好きでよく口ずさんでいます。
 そういえば昨年10月末に徳本峠小屋を訪ねた時には、管理人の今川さんがたくさん山の歌の歌集を持っておられて、みんなが酔っ払って寝静まった後に(私だけに・笑)こっそり「安曇節」を歌ってくださいました。
 『山の歌』の中には、山で帰らぬ人となった友を偲んだ曲などもあり、山の厳しさや険しさを強く感じさせるものがあります。また山や自然の素晴らしさや魅力、山仲間との楽しい山行の様子などを軽やかに歌っている曲も多くあります。どの曲もそれぞれに味がありますね。
 皆さんはどんな『山の歌』がお好きですか?
 山仲間と口ずさむのはどの曲ですか?
 また教えて下さいネ!!
 

2003/03/13  “朝日岳の歌”、2曲

 晩秋の雰囲気を漂わせる、夕日ヶ原    02.10.5

 『山の歌』といえば…
 実は朝日岳にも、今から20年以上も前に作られた“名曲”があります。ご存知ですか?

(以下、資料は「保勝会50年のあゆみ」「70年のあゆみ」による) 
 
 “朝日岳の歌”は、昭和51年に朝日町の歌人で版画家の間部善治(まなべぜんじ)氏が作詞された「夕日ヶ原慕情」と「大蓮華讃歌」の2編です。
 「夕日ヶ原慕情」は、なだらかな斜面に咲く美しい高山植物と、黒部の山々を背景にしながら日本海に傾いていく夕日の素晴らしさを歌っています。また「大蓮華讃歌」は、登山口の小川温泉元湯から恵振山・夕日ヶ原を経て朝日岳への登山コースを順々に歌い上げてあります。
 その歌詞にPRも兼ねて広く全国から曲を募集し、草加市の土田明人氏がメロディーを付けて出来上がったのが、互いに曲調の違う2曲の“朝日岳の歌”です。
 その2曲のうち、テンポが速く明るく軽快な曲調の「大蓮華讃歌」が全国に紹介されました。“越道過ぎれば湯ノ瀬もはるか、小川元湯はもう見えぬ”で始まるこの曲は、昭和54年夏の1ヶ月間、NHKテレビの「みんなの歌」で、ナント演歌歌手・細川たかしが歌ってお茶の間に流れました。
 当時学生だった私は、毎日お客さんに食堂で、“ムリヤリ”“歌唱指導”と称して「大蓮華賛歌」を歌わせていました(笑)。
 それから、しっとり静かな曲調で歌われる「夕日ヶ原慕情」ですが、「大蓮華賛歌」の“陰に隠れて”当時はあまり歌われる機会がありませんでした。しかし今では、朝日小屋のアルバイトのみんなの“テーマソング”として、特にアルバイトを終えてみんなが下山する時のバックミュージックとして流されます。小屋での想い出を胸に小屋をあとにする後ろ姿に、この曲が流されると、みんなこみ上げるものがあるようです。
 この「夕日ヶ原慕情」は、亡父の葬送の場面でも流させてもらった大好きな曲で、私にも忘れられない歌となっています。
 
 先日の高岡では、“山の歌”さんに「夕日ヶ原慕情を歌ってください!」と言われたのに、お酒のせいかド忘れしてしまって、ゴメンなさい。この夏にはちゃんとお聞かせしますから、お楽しみに!!

2003/03/14  今から夜行で、神奈川へ…

 高岡古城公園の梅もほころんで    03.3.14

 「日記」を通じて皆さんにもご心配掛けましたが、やっと三女・かなえの“行先”が決まりました。いろいろありましたが、やっと母もホッとしています。ホッ〜〜。
 ついては、今晩の夜行列車・急行能登で娘と一緒にアパート探しに行って来ます。目的地は神奈川県・藤沢市方面。
 実は、もしかしたら、覚えている限り神奈川県って行ったことがないかもしれません。大都会の雑踏も、久し振り。…頑張ってきます。
 また帰ってから、報告させてもらいます。
 では、行って来ます!!

2003/03/14  今日は「ホワイトデー」

 高岡の街並み    03.3.8

 今日は「ホワイトデー」ですね。
 富山県地方は朝からポカポカとした、3月半ばの春らしい陽気になりました。
 皆さん、ステキな一日になりましたか?
 

2003/03/17  忙しかった週末

 「立山室堂山荘連絡所」の看板…横の白いのは、雪   03.3.16

 14日(金)の夜行列車に乗り、上野駅には翌15日(土)朝6時着。神奈川県藤沢市へ娘と一緒にアパートを探しに行ったのですが、お陰さまで学校にも近く思っていたより良さそうな物件も見つかりました。そして帰りは午後3時過ぎの上越新幹線に飛び乗りましたが、自由席は満席で越後湯沢駅までは立ったまま。特急と普通電車を乗り継いで、家に辿り着いたのは夜の7時半頃でした。
 そして16日(日)は、立山芦峅寺へ嫁いでいる妹の家へ。立山室堂山荘の先代、故佐伯  昇さんの七回忌がありましたので、実家の母と一緒に朝から出掛けました。
 ごく身内のみで行われた法事でしたが、苦労して立山室堂で山小屋の営業を始めた先々代の三九郎さん、そしてそれを受け継ぎ発展させ三代目の千尋さんへと繋がれた二代目の昇さん、それぞれの遺徳を偲んでの法要そして宴席へと続きました。
 妹が嫁いだのは昭和60年12月で、その年の10月末か11月には、私も実家の父と一緒にまだ新築なる前の古い営業小屋(現在は、国の重要文化財・室堂小屋)を、ご挨拶がてら訪ねた事があります。少し傾きかけたまま黒光りした太い柱や梁がとても印象的でした。その後、亡くなった昇さんには何度もお会いしましたが、私の事をいつも「姉さん姉さん」と可愛がってくださいました。
 芦峅寺では3月に入ってからも何度か降雪があり、一度に70〜80センチも積もった日があったとか。同じ立山町でも、五百石や岩峅寺では周りの田圃の雪も殆ど見られませんでしたが、千垣の集落から上、芦峅寺に入ったとたんに家の周囲や屋根にも、周りの田圃にも積み上げられた雪の塊がまだまだドカンと居座っていました。
 それでも、春は確実にやって来ます。アルペンルートの開通まで1ヶ月、あっという間ですネ…。
 

2003/03/17  立山の雪情報

 「天狗平山荘連絡所」の看板  
    賢輔さんを自宅までお送りして、その時写して来ました。

 昨年12月に“天狗の親父さん”守さんが急逝された天狗平山荘ですが、千尋さんの家とは親戚関係にあるということで、オーナーの佐伯賢輔さんが法事に参列しておられました。
 その時の話では、今年の積雪は例年(昨年?)より2メートル以上も多めだそうです。3月の降雪が大きく影響しているのでしょうか。
 アルペンルートの除雪も、3月の降雪で思うように進まない事もあったようですが、何しろ「人海戦術」ですので、今は作業をする人達の数も増やして、4月の開通を目指して急ピッチで進められているそうです。
 
 私…「あせぐらしなってきたねぇ」
 賢輔さん…「おう、せわしななって来たっちゃ!!」

 この会話、「忙しくなってきたネ」「忙しくなってきたヨ」の意味です。
 バリバリの冨山弁も、立山の芦峅寺と朝日町では微妙な違いも(笑)。

2003/03/19  宇奈月・朝日両遭対協の合同訓練

 訓練の様子    03.3.15 photo by furusaki

 宇奈月・朝日両遭対協の遭難救助技術の向上を目指した訓練が、15・16日の両日、宇奈月町の宇奈月温泉スキー場と大原台公園一帯で行なわれました。朝日岳方面遭対協からも谷口隊長、廣田副隊長他の隊員が参加し、両遭対協合わせて19名が本番を想定した真剣な訓練に臨みました。
 両遭対協は管轄が接しており、管轄の境界で遭難が発生した場合に備え連携の強化を図ることが目的で、昨年5月にも合同の訓練を実施しています。
 横山 隆・黒部署山岳警備隊分隊長、古崎富裕・入善署山岳警備隊分隊長らの指導を受けながらの遭難者搬送訓練では、ビバーク用簡易テントで遭難者を包みザイルで確保しながら山から下ろす練習などがくり返し行なわれたそうです。
 またこの他にも、山スキーやかんじきでの歩行訓練、雪崩れ用のビーコンを使用した捜索訓練も実施されたとのことです。
 私もぜひ参加したかったのですが、先週末には所用が立て込んでいてどうしても欠席となりましたが、古崎分隊長や阿曾原温泉小屋の佐々木さんの話では、大勢の隊員の参加で大変有意義な訓練だったということでした。
 シーズンを通して、遭難や事故が皆無に越したことはありませんし、小屋の責任者としてもそう願っています。しかしいざという時には、県警山岳警備隊や遭対協の皆さんのお世話にならざるを得ない場合もあり、訓練の重要さは言うまでもありません。
 いつもその献身的な姿には頭が下がります。県警山岳警備隊の皆さん、そして遭対協の皆さん、どうぞ今年もよろしくお願いいたします!!
               (記事は、一部北日本新聞より抜粋)
 

2003/03/19  打ち合わせ

 チューリップテレビ・西山プロデューサー、妹の弥生、私の3人で

 昨日は午後から、チューリップテレビの西山プロデューサー、実妹の弥生を交えて打ち合わせ。
 地元のチューリップテレビさんには、一昨年・昨年と朝日岳と朝日小屋を取り上げた1時間番組を3本も作ってもらいましたが、実は西山さんには昨年から温めていた企画があったそうです。
 そこで、3作目のナレーションを担当した妹にも話しに加わってもらい、話を煮詰めようということで、打合せをしました。今年の話や昨年の反省もいろいろ出て、「ああでもない、こうでもない」と話は大いに盛り上がりました(笑)。
 「山」は全く素人だった西山さん。でも朝日岳へは、とても苦しく辛く“死ぬような”思いをして何度も登っていらっしゃったので、今は「自分の中では、日本一の山は富士山じゃなくて、朝日岳!」と言い切れるそうです(笑)。
 今年も、撮影はあるのでしょうか?…またお待ちしていま〜す!!

2003/03/19  『ヒスイ海岸』

 朝日岳山頂から、富山湾の朝焼け    02.9.2 

 先日の掲示板に“ひまわりさん”が、「ヒスイ海岸」という曲のことを書いていらっしゃいましたネ。
 そういえば、何年か前にそんなステキな歌が流れていたことを思い出し、早速インターネットで調べてみました。
 ありました、ありました!…
 NHKの富山県を取り上げた企画の中で作られたのですが、当時素人ばかり3人のユニットがとても澄んだハーモニーを聴かせてくれていました。探してみると、作詞・秋元 康、作曲・後藤次利だなんて、とても豪華なコンビによって作られたことも判明し、ビックリしました。
 「大蓮華賛歌」も「夕日ヶ原慕情」ももちろん素晴らしい曲(と、自画自賛)なのですが、こんなステキな曲を忘れてしまってはいけませんよネ。
 とてもロマンティックな、そしてちょっぴりせつない曲です。またまた長くなりますが、全曲をご紹介します。
 
『ヒスイ海岸』   
           作詞・秋元 康   作曲・後藤次利   歌・キトキト

ねえ 覚えていますか?   ヒスイ海岸
二人がキスをした   初めての場所
ねえ 覚えていますか?   波のざわめき
あれから   いつまでも 一緒にいたかった

富山空港のロビーで   夢の背中を見送った
ちょっと 無理に笑ったら   もう 涙が落ちた

私の恋に羽根が生えて   青い空へ飛んで行っちゃった
やっと 会えたのに   大切な未来と・・・
だけど きっと いつの日にか   胸の奥に帰って来るでしょう
遠い思い出として   私だけの痛みとして

ねえ 覚えていますか?   潮の香りと
「絶対 離れない」   あの日の約束を・・・

古城公園のベンチで   ふいに ごめんねと言われて
街を 出ていく決心を   そう 教えてくれた

私の恋は鳥のように   籠の外へ逃げて行っちゃった
広い大空と   愛しさは自由よ
誰の恋も縛れないわ   あなただけをどんなに愛しても
それは目には見えない   私だけの宝石なの

あなたは遠い空の下で   何を愛し何に愛されて
どんな恋人と   暮らしてるのでしょう?

そして ずっと 探していた   夢の日々は見つかりましたか?
今も瞳閉じれば   見えるでしょう? ヒスイ海岸

2003/03/20  “引越し”を控えて…

 「それぞれの道」  鉢ヶ岳付近の分岐点   02.9.10

 ようやく進学先が決まった、二女・はるかと三女・かなえ。ここ数日は、それぞれの同級生や友人達との別れを惜しんで、「あっちで集まり・こっちで集合」の毎日です。
 先日も、かなえの高校の体育大会応援団のみんなが我が家に20名も大集合し、まぁドッタンバッタンと大騒ぎ(笑)。夜通し起きて朝まで延々と…、さすがに若者ですネ。
 そうこうしながらも、二人の“引越し”の予定日が近付いて来て、私も何やら落ち着かない日を過ごしています。はるかは27日、かなえは30日と決まりましたので、大したことはしてやれなくても、やはりそれなりに準備もあります。
 今日も朝から富山・高岡方面へ買い物(と、下見)に出掛けて来ました。こちらで揃えていくものと行った先で購入予定のもの、何しろ二人分なので、もちろん金銭的にもとても大変なのですが、とにかく頭の中がゴチャゴチャしてしまいます(笑)。
 それぞれに、入学式用の洋服を買いました。黒いキチンとしたスーツ姿の二人を見ると、やはり昨日までの高校生の姿とはちょっと違って、少し大人びたような気がします。
 4月初めまで、もうしばらくドタバタは続きそうです。

2003/03/21  深田久弥と朝日岳

 朝日岳山頂に建つ、方位盤    02.7.8

 深田久弥の年表を開いてみると、「1903年(明治36年)3月11日、石川県大聖寺町(現加賀市)に生まれる」「1971年(昭和46年)3月21日、茅ヶ岳登山中に脳卒中で死去。68歳」とあります。
 今年は、深田久弥生誕百年の年に当たります。
 そして掲示板の中で吉村さんが書いておられたように、今日3月21日には生誕の地である大聖寺で33回忌の法要が営まれているそうです。
 深田久弥といえば、1964年(昭和39年)7月に新潮社から刊行された『日本百名山』があまりにも有名ですが、“山と渓谷”の3月号では生誕百年を記念して『深田久弥の世界…“日本百名山”の著者の知られざる素顔』と題した特集を載せていましたね。ご覧になりましたか?
 深田久弥の百名山の中に、我が愛する朝日岳は入っていません。北アルプスの最北端・朝日岳は「日本三百名山」なのです。
 しかし、実は『日本百名山』が刊行される前年の1963年(昭和38年)7月15日から18日にかけて、久弥は蓮華温泉から朝日岳、そして小川温泉のコースを歩いていて、その事が『山頂の憩い…“日本百名山”その後』と題した本(自選の最後の山の紀行文集といわれる)の中に記されています。
 今回の山渓特集記事の中では、「回想・素顔の久弥」と題して、その山旅に同行された山本健一郎氏が思い出話を書いていらっしゃいます。
 「昭和38年7月。或る山行から」という本文には、蓮華温泉から朝日岳の厳しい急登の感想や、だれもいない朝日岳山頂での寛いだ様子とともに山頂で憩う写真が載せられ、そして大荒れとなった翌日に朝日小屋で停滞し将棋を指した思い出などが綴られています。
 しかし、深田久弥が朝日岳を『日本百名山』の最後にでも選んでくれなかったのはいかなる理由からか、時間的には本の最終校正に間に合わなかったのかとも考えられるのですが(微笑)、『山頂の憩い…“日本百名山”その後』を読む限りは、どうも山旅の全行程の印象がちょっと悪かったのかな、と思えてなりません。
 それによると、「…全くの天上の楽園である。しばらく私たちはその甘美に酔った。」という一文があるのに、「もう頂上が近いと思わせながら先が長かった」とも書いています。 
 そしてどうも久弥のお気に召さなかったのが、北又へ下山途中の夕日ヶ原だったらしいのです。「夕日ヶ原だの…(中略)…近頃の少女趣味の名づけかたを私は好まない。何が夕日ヶ原であるものか、コンチクショウ、と言いたくなる」(笑!)
 また極めつけは、イブリ山(恵振山)。「どんな山頂であったか、何の思い出も残っていないとこを見ると、取立てて言うほどの峰でもなかったらしい」。。。朝日小屋管理人としては、全く無言です(微笑)。
 その後にも、北又から小川温泉への林道のことや小川温泉の様子などが記されているのですが、その文章からみても、どうも深田久弥の朝日岳山行は氏には満足いくものではなかったようですね。
 一方、「保勝会50年のあゆみ」「70年のあゆみ」の両方を調べてみたのですが、当時すでに作家として活躍し、またその数年後には日本山岳会副会長にも就任した、かの有名な深田久弥が朝日小屋に2泊もしたという記録は何処にも残っていません。
 当時の朝日小屋は、一体深田久弥一行にどんなおもてなしをしたのやら、今となっては分かりませんね。
 ちなみに、1963年(昭和38年)に久弥が宿泊した朝日小屋は、1951年(昭和26年)に新築されその後数回にわたる増改築を重ね、その年6月にも食堂や便所の増築工事を完了していたものの、1965年(昭和40年)9月10日の台風23号により全壊。ですから、当時の小屋で久弥が将棋を指したという将棋盤なども、残念ながら今は何も残っていないのです。
 夕日ヶ原も、そして恵振山の山頂も、恵振山5合目のブナの林も…どの場所も、できればもっとゆっくり、そして何度も、深田久弥に歩いてもらいたかったですね。
 きっと久弥は、夕焼けに染まる日本海に沈む夕陽を見ていないでしょう。それから多分歩いた時期からいっても、夕日ヶ原が一面のお花畑になるところを見ていないのでは…。
 また、白馬岳から雪倉岳を越えて来て頂けたなら、朝日岳に対する感想も少し違っていたかもしれません。見てもらいたかったです、残念ですね。

2003/03/21  『百名山』でなくても…

 朝日岳山頂から、朝の眺望       02.9.2

 深田久弥の『日本百名山』、皆さんいくつ登っていらっしゃいますか?
 急激な中高年登山者の増加と、ほぼ時を同じくして始まったのではないかと思われる「百名山ブーム」。しかし最近は、その“火付け役”ともなったマスコミの中にも取り上げ方に少々の反省も見られたり、登山界全体の中でもいろいろの議論があったりして、ブームにも翳りが見えてきたとか聞いています。
 私はいくつ登ったのだろう、と思って数えてみました。
 でも、何しろ「朝日岳しか知らない」私です(笑)。管理人になる以前に登っていたのは、お隣の白馬岳と、中学校の集団登山で行った立山、そして小さい頃家族で遊びに行った霧ヶ峰。一昨年には笠ヶ岳に登りましたが、2年続けて折立から登った薬師岳は実は山頂を踏んでいません。写真教室に行った美ヶ原は、ピークは何処だったんだろう。
 すぐ近くの雨飾山も未踏の山です。これからですね、楽しんで登りたいです。
 それからこれは、全く私個人の感想なのですが…朝日岳は、『日本百名山』に選ばれなくて良かったのかもしれません。
 もちろん、山を愛する皆さん一人一人それぞれの中に、大好きな山、想い出の山、忘れられない山があって当然なのです。深田久弥もこんな、ある意味の“騒ぎ”や“ブーム”になるとは思っていなかったでしょうね。
 私の中では、朝日岳はどの山にもまして『日本一名山』なのです。いつまでも、どんな時にも、愛する山に変わりはありません。

2003/03/22  今年の春山は…

 これは、昨年の白鳥山    02.3.31 photo by shun
   左側上に見えるのは白鳥小屋ですが、今年はまだ雪の中?
   
 子どもの受験やら何やらでモタモタしているうちに、とうとう3月もあと1週間となってしまいました。あ〜ぁ。。。
 実は、3月になったらきっと山へも行けると思っていましたし、いろいろ誘ってくださる方もいらっしゃったので、この連休もそして月末の30日の日曜日にも山行を計画していたのですが、やっぱりちょっとムリでした。
 と言っても、今日も娘たちはそれぞれ遊びに出掛けていますし、ただ私の気持ちが落ち着かずに、「さぁ!山へ行くぞぉ〜!!」と腰が上がらないだけなのかも。そういえば、体重も○キロもオーバーし、腰も重ければお尻はもっともっと重たくて…(笑)。いいえ、笑い事ではありません、4月になったら何とかしなくては…。
 さて、昨日は白鳥山へ連れて行ってもらう予定もあったのですが、直前にお断りしてしまいました。名ガイド役はいつもの糸魚川の平石さんで、白鳥小屋で楽しく1泊するつもりでした。正直言って、昨日は最高のお天気だったのでちょっぴり後悔もしたりして。
 そしたら、夜の7時を過ぎて陽気に弾んだ声で平石さんから電話が入りました。「ゆかりさ〜ん、今白鳥小屋!○さんも△さんもいるヨ!!」と、たっぷり「やっぱり行きたかったなぁ…」と思わせるに充分な内容でした(笑)。
 白鳥山へは昨年も3月31日に平石さん達に連れて行ってもらったのですが、今年の白鳥山は、昨年より1週間早いとはいえ、小屋全体がすっぽり雪に覆われ南側がすべて埋まった状態で、平石さん達は2階から小屋に入ったということでした。
 また今日は用事があって、蓮華温泉の現地に入っていらっしゃる田原さんとも電話でお話したのですが、蓮華温泉でも今年は昨年より1メートル以上も雪が多いそうです。
 富山県警の春山情報にもありましたが、今年の春山は立山剱岳方面でも昨年よりかなり残雪が多く、また雪庇の張り出しも多く見られるということですので、入山には注意が必要とのことです。
 3月は何処へも行けませんでしたが、4月になったら残雪の山へ必ず行きたいです!!…“マンサク”の花が見たいなぁ。
 

2003/03/23  春山情報・続編

 立山一の越山荘の佐伯光昭さん  41歳の若きオーナーです! 
                     山小屋協会総会にて  03.3.4

 昨日も白鳥山や蓮華温泉の現在の様子を少し書きましたが、今日の地元紙・北日本新聞に立山の記事が載っていましたので、全国の皆さんへ春山の情報として発信します。(以下、北日本新聞朝刊の記事より転記含む)
 記事は、『全線開通へ除雪進む・天狗平は積雪8メートル超』という見出しで書かれていました。
 立山・黒部アルペンルートでは、4月10日の部分開通、同20日の全線開通に向けた除雪作業が進められており、天狗平(標高2,300m付近)ではブルドーザーが8m近くあるとみられる雪をかき分けて作業が進められているそうです。
 20日には、立山山荘協同組合が山小屋周辺の状況を確認する為にヘリコプターを飛ばし、一の越山荘のオーナー・佐伯光昭さんがその折に撮影した写真も載せられていました。
 また、天狗平山荘の佐伯賢輔オーナーの話として「昨年は暖冬で雪が少なかったが、今年は雪の大谷で20m近く積もっているかもしれない。地下水もかなり凍結しているとみられ、水の確保が肝心」と、小屋開けに向けて気を引き締めているという様子が書いてありました。
 では、夏山シーズンの朝日岳はどうかという予想はもちろん未だ出来るわけもありませんが、昨日の大蓮華山保勝会役員会でも里から見た現在の朝日小屋周辺の様子が話題になり、「今年は雪が多そうだ!」という話でした。
 
 今年の朝日小屋の小屋開けは、6月15日(日)(予定)に決まりました。
 あと2ヶ月半余り…。
 待ち遠しいですネ〜!!

2003/03/23  白鳥山・白鳥小屋の最新映像   03.3.21

 私が時々頚城の山を案内して頂く糸魚川市の平石武仁さんから、白鳥小屋の最新映像が送られて来ましたので、ご紹介します。
 日本海を背にした映像ですね。昨年同時期と比べても、やはり雪は多いそうです。
 4月になったら、私も必ず行きたいです!!
                 

2003/03/24  「犬連れ登山」考

 きょうのワンコ … 我が家の愛犬“隼”(はやと)です!

 先日の掲示板に、“さくらさん”からの書き込みがありました。皆さん、ご覧になりましたか?「全国犬連れ登山コースガイド」…こんなホームページがあることに驚き、早速開いてみると…。
 正直言って、本当にビックリしました。北は北海道から南は九州までの山、それもホンの里山だけでなく、首都圏の人気の山、2,000mを超える本格登山の山、アルプスの山までもが、「犬連れ登山」のコースとして紹介されているではありませんか。
 この日記を書くに当り、今朝、富山森林管理署業務課管理係長の米澤さんにお話を伺いました。米澤さんもホームページの存在には当惑した様子で、最近の管内での登山者の動向や現状を話してくださいました。
 実は、富山県内あるいはその他の地方自治体でも、森林管理署と各行政等の関係者、私たち山小屋関係者等などが集まって、国有林野を保護管理する目的で様々な連携を図っています。
 (国立公園内での話に限定しますが)特に富山県内では、昭和46年のアルペンルート全線開通に伴い立山地区で始まった夏季の高山植物保護パトロールは平成13年で30周年を迎えましたが、これらの事業をはじめとして、国立公園内での高山植物等のかけがえのない自然環境の保全には、登山者自身の自然保護思想の普及とともに力が注がれている昨今です。
 通称「グリーンパトロール」と呼ばれ、現在も続いている高山植物保護の活動では、『踏み荒らし』『高山植物採取』『その他(焚き火・花火他)』と並んで、『ペットの持ち込み』が登山者への「口頭注意事項」とされています。
 しかし実際は、国立公園内でもこれら注意事項を遵守させる為の法規制は無く、法による罰則も無いということです。従って、自然保護に大きな影響を及ぼすこれらの行為をどう捉えるかは、登山者やハイカー各人の考え方や常識による判断に任せるしかないというのが現状だそうです。
 昨年来、立山一帯での雷鳥に『原因不明の皮膚病』が見つかったという記事を読まれた方も多いと思いますが、これには高山に多くの人が入山することによって持ち込まれる可能性のある「病原菌の広がり」が最も懸念されています。
 高山植物や鳥獣保護などの自然保護の観点から、「ペットの持ち込み」によって起こる生態系への影響、特に雷鳥などの希少動物に与える害が考えられます。
 観光客の入り込みも多い立山一帯では「ペット同伴」の事例も多く、昨年グリーンパトロールが口頭注意した中で「ペットの持ち込み」は22件ありましたが、その前年の5件に比べると4倍以上の数となっています。ペット連れの理由としては、「家族同然・家族の一員だから」が一番多かったそうです。
 昨シーズンの朝日小屋でも、犬連れのお客様は3件ありました。
 米澤係長の話では、国段階での法規制は未だですが、県や市町村の各地方自治体での規制が早急に検討されつつあるそうで、また立山一帯ではスキーヤーやスノーボーダーの入り込みを規制してはどうかという動きもあるそうです。
 山の中で、溢れかえる人間なら許されるけどペットはダメなのか、人間の排泄汚物は生態系に影響はないのか、昔は狩猟犬がいたではないか、…等など様々な意見もあるかもしれません。
 しかし、「犬を山へ連れて行く」ことの何が問題なのか…はっきりしているのではないでしょうか。

2003/03/24  「穂高よ永遠なれ」放送延期

 上高地からの眺め      02.10.31

 先般このホームページでもご紹介し楽しみにしていました、3月21日放送予定だったJNN共同制作番組『穂高よ永遠なれ…北穂高小屋物語』は、米軍のイラク攻撃激化に伴う特別編成のために、放送延期となったそうです。
 放送日等は改めて、信越放送HP等でお知らせいたしますとのこと。
 

2003/03/27  今から松本へ、二女・はるかの引越しに!

 初雪山の目覚め     03.3.24 photo by shun

 おはようございます!
 只今の時刻、午前6時。朝日岳や白馬岳がはっきり見える、清々しい朝です。
 今から、二女・はるかの引越しで松本へ向けて出発します。私の軽四自動車に荷物を満載して、出発準備も出来ました。
 昨日、一昨日と日記を書きそびれてしまいました。ゴメンなさい。
 松本へは一泊で行って来ますので、帰りは明日の夜遅く。また報告します。
 では、行って来ます!!


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