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陽春に輝く剱岳をバックに 04.4.30
天候にも恵まれたゴールデンウイーク前半は、立山室堂から剱沢へと行って来ました。
自分の小屋開け前、シーズンイン直前の“ご挨拶”(!?)を兼ねての3泊4日の山行きでした。
今回は、阿曾原温泉小屋の佐々木 泉さん、白馬村でガイドをしている永井さん、阿曾原のアルバイト・妙ちゃんの4人での、まさに“珍道中”…!?(笑)
初日の29日は、午後から上山し室堂で1泊。妹の立山室堂山荘も、連休中とあって登山者やボーダー、スキーヤーなどで結構混み合っていました。県警山岳警備隊の室堂派出所など、室堂周辺をウロウロしていた4人組です。
翌30日は、快晴。雷鳥沢を越えて剱御前への急登では、白く輝く大日岳や立山三山、遠く薬師岳など、春の北アルプスを満喫しながら登りました。
相変わらず遅足で登りの苦手な私は、後ろから泉さんに「登らんかい!歩かんかい!!」と“気合い”(褐!?)を入れられながら(笑)ひたすら剱御前小舎を見上げて登りました。はぁはぁ、ゼイゼイ…と息も荒く、とにかくお昼ご飯に釣られながら上を目指しました。
昨秋以来の剱御前小舎では、豊田支配人に美味しいラーメンをご馳走になりました。
ひと休みしてからは、剱沢小屋に向けて出発。永井さんと妙ちゃんは颯爽とスキーで滑り降りて行き、泉さんと私は雄大な陽春の剱岳をたっぷり感じながらしばらく下ると、まだまだ雪に埋もれた剱沢小屋に到着。
ブルト−ザーで小屋の周りを除雪中の佐伯友邦さんと、厨房を切り盛りする奥さんの里子さん、そして長男の新平君たちが満面の笑顔で出迎えて下さいました。

剱沢小屋は、未だたっぷりの雪の中 04.4.30
4月末の剱沢小屋は、雪の中から掘り出されたばかりでした。
私たちがお邪魔した日も、そして連休中もずっと、友邦さんはじめ皆さんで小屋の周りを除雪し、雪を解かして水を作り、お湯を沸かす作業が続きました。
昨秋に初めて訪ねた剱沢小屋。今回、私の中には再訪の目的がありました。
朝日小屋の小屋開けは6月中旬です。
お陰様で、朝日小屋が小屋開けする頃には小屋の周りにはそれ程の雪は無く、「小屋を掘り出す」「雪を解かして水を作る」といった作業はありません。また建っている場所的に、たとえ小屋閉めの時でも、豪雪地帯にありながら沢山の「斜交い」をして雪の害から小屋の倒壊を防ぐといったこともしないで済んでいます。
以前に徳本峠小屋でも経験しましたが、私は小屋開け直後の剱沢小屋で、そんな「雪の中の山小屋の苦労」を体験し実感したいと思いました。「自然の厳しさ」をもっと知りたいと思いました。
雪崩で崩壊してしまった苦い経験のある剱沢小屋では、小屋を開けてお客様をお泊めするようになっている中でも、まだいくつかの「斜交い」が残っていました。しばらくの間、除雪の様子を見ながら徐々に外していくそうです。また厨房の窓も、雪の壁に閉じ込められて厳重な雨戸が閉められたままでした。
男たちは、ブルト−ザーで、そしてチェーンソーやスコップを使いながら、朝早くから夕方遅くまで小屋周りの除雪に明け暮れていました。
そして女たちは、小屋の中に雪を持ち込み、それを解かし、厨房やトイレなどに必要な水を次から次へと段取り良く作っていきます。
小屋を閉めてから数ヶ月、厳しい自然の中にひっそりと埋もれた山小屋の姿を思いながら、いつもは何気なく使っている「水」の有り難さと自然の恵みに思いを馳せ、夏の山々と樹々の緑が瞼に浮かんだ剱沢の春でした。

賑わう剱沢小屋 04.5.1
剱沢小屋では、厨房のお手伝いをさせてもらいました。
自分の小屋に入ると、忙しくなればなるほど私はどうしても受付にいることが多くなり、お客様や電話の応対に明け暮れる毎日が続きます。厨房がどんなに忙しくても、なかなか食器洗いには手を出せません。
今回は久し振りに皿洗いに精を出し、「ナンダカ夢中で、一生懸命に仕事をした」というような充実感も味わうことが出来ました。
働き者であり、またいつも優しい笑顔の里子さん。
限られた“時間”や“水”を無駄にせず、厨房の仕事や掃除に一生懸命な里子さんには、いろいろと教えられることがありました。また、厨房で交わした雑談のやりとりからも、陰で日なたで小屋を支える女性として、「山小屋の大先輩」として、学ぶことがありました。
気持ちも仕事の出来栄えも、まるで「アルバイト一年生」になったようで(微笑)、有意義で新鮮な気持ちで過ごした春の剱沢小屋でした。

5月5日現在の、北又小屋の様子
2日(日)に剱沢から下山し、翌3日(月)〜5日(水)までは北又小屋そして恵振山の5合目まで行って来ました。
今回は、昨年と同じく大蓮華山保勝会会員で朝日岳方面遭対協救助隊員の水野幸正さんに同行してもらい、写真家の森下 恭さん、今シーズン北又小屋の小屋番をお願いした米沢さんも一緒でした。
湯ノ瀬〜北又間の町道は、まだまだ残雪に覆われ、また場所によってはデブリが出ていてかなり危険な箇所もありました。私たちが歩いている途中でも、雪塊が崩落してきたり、沢で雪崩の発生が確認されるなどもしました。
保勝会の安全登山研修会(4月25日)から約1週間ほどでしたが、その間好天に恵まれたこともあってか雪融けはかなり進んでいましたが、車両も途中までしか乗り入れることは出来ず、特に越道峠から北又にかけては町道(林道)の大半が未だ露出していない状況にありました。今後朝日町役場と業者によって、除雪と危険箇所の点検と道路補修などが行なわれる予定です。
北又小屋の周囲は、殆ど雪が融けていました。小屋の前にあるのは、屋根雪が落ちてきたものが融けずに少し溜まっている程度。
小屋は雪の影響で傷んだ箇所もなく、3日は夕方まで4人で周りの雪囲いを外したり窓を開けて空気を通したりなどの作業をしました。
ただ、町道の完全開通は6月初めになると思われますし、完全に小屋開けしてこれからずっと小屋番が入るということではありませんので、帰りにはまた入口は塞いで来ましたので、利用は出来ません。
昨年と比べても雪の量はやや少なめのように思いますが、それでも北又の「本格的な始動」は未だ少し先になります。

町道湯ノ瀬〜北又間の様子 04.5.3
上の写真は、越道峠を越えて北又小屋側に下った箇所です。手前にかなり大きな雪塊がなだれ落ちてきている様子が分かるでしょうか。
斜面は、細い雑木が雪の下敷きになっているのですが、その雪が大きな塊となって不気味な音と共に一気に落ちる様を何度も目撃しました。

越道峠の手前 04.5.3
北陸地方の奥深い山の中では、春はもう少し足踏みもしているようですね。
でも、周りでは山菜が芽を吹き始め、樹々は日に日に緑を増していきます。
雪融けも、この後は一気に進むはずです。

恵振山3合目 04.5.5
4日は雨で“沈殿”しましたが、曇り空に小雨が降った程度だった5日は恵振山の5合目まで行って来ました。
昨年7合目まで行ったのは5月20日でしたが、今年は雪融けが早そうだというので、それより2週間早く登ってみたのです。
今年の残雪は、5合目辺りでも昨年より少なめだったと思います。
しかし、不思議なことに雪の量に比べてブナの芽吹きは遅く、新緑はそれ程ではなくて、5合目のブナは未だ冬の衣を被ったままのようでした。
これは、4月末に2度も冬型の気圧配置になって寒波に見舞われた影響があるのではないかと思われます。春の仕度をしていた樹々たちも、あんなに寒い思いをしてもう一度冬の衣を纏い直したようですね。
3合目辺りまでは、芽吹いたばかりの緑が濃い靄のなかにも鮮やかでした。
手付かずのブナの林には、まるで「森の精」が住んでいるようでした。

恵振山2合目 04.5.5
シーズンに入る前に、こうやって自分の山を歩くのは、本当にいいものです。
もちろん、登山道の様子を見たり点検したり、危険箇所のチェックもありますが、その時々の『山』の様子に触れられるのが、今の私にはとても幸せなことです。
静かに、山を歩く…。
とても、気持ちが落ち着きます。

恵振山5合目 04.5.5
恵振山5合目では、ブナの芽吹きは未だ始まったばかりで、その緑もまばらでした。
夏の間、5合目のど真ん中にでーんと聳えて、涼しさを感じさせてくれるブナの大木たちも、未だ葉を広げていないので、何だかいつもよりずっと細く感じられました。

雨に濡れたイワナシ 04.5.5
昨日の日曜日は、「母の日」でしたね。
私も娘たちからそれぞれプレゼントをもらいました。
いつもは仲が良いのか悪いのか全く分からない(!?)一卵性双生児の二女・三女も、この連休中に実家で顔を合わせた時に話し合ったのか二人の連名で洋服をプレゼントしてくれたり、末娘からも靴下などもらいました。
私には男の兄弟もいませんし、子どもたちも娘ばかり4人で、男性が母親に抱く感情は全く分からないのですが、歳を重ねると女同士はいいなぁってつくづく思っています。
新年度が始まってひと月。
娘たちはそれぞれ新しい生活を踏み出していて、母は安心して「山の上」に行けそうです。
長女は、町内の特別養護老人ホームに介護職員として勤め始めました。細かい交代勤務があり夜勤も入って大変だとは思いますが、彼女なりに楽しく頑張っているようです。狭い町なので顔見知りの老人の方も多く、張り切っています。
二女・三女は、6月に二十歳になります。
二女は、この12日に念願の「戴帽式」を迎えます。いよいよこれから、看護の専門知識を身に付けるべく厳しい勉学と実践の道のりが待っているとは思いますが、困難に負けずに頑張ってほしいと思っています。
三女は四年制大学の短期大学部に通っているのですが、大学受験の時には“失敗”しましたので、どうやら来年は思うところへの編入を目指して動き出そうとしているようです。夏休みには山へも手伝いに来てもらいたいのですが、今のところ受験勉強を優先させなければいけないかもしれませんネ。
志望高校に合格した末娘は、毎日早朝5時40分には家を出て、5時53分発の電車に乗って学校へ通っています。朝7時過ぎには学校へ着いてレッスン室でピアノの練習をして、夜は夜で“途中下車”してマリンバの先生の教室に寄って毎日欠かさず練習。家ではまさに「寝るだけ」の生活が続いていますが、毎日とてもとても楽しそうです。
母は頑張らなくてはいけない、といつも自分に言い聞かせています。
「…されど、母は強し」です

富山県警の雪上車の前で 室堂平 04.4.30
今シーズンの朝日岳の山開き登山会は、6月26日(土)〜27日(日)の1泊2日の日程で開かれます。
連休明けの6日から、朝日町役場まちづくり振興課(町観光協会事務局)で受付が始まっています。
今日の正午現在の申し込みは、定員80名に対してまだまだ余裕があるという状況だそうです。
この後、14日(金)まで申し込みを受付けるということですので、山開きにぜひ参加してみたいと思われる方がいらっしゃいましたら、役場担当課までお申し込み下さい。
参加年齢や参加費用など、詳しいことは担当にお尋ねください。
私は、明日(12日)は松本へ出掛けます。
日記はお休みさせて頂きます。よろしくお願いします。

新たな出発 04.5.12
12日に松本の看護学校で行われた、二女・はるかの戴帽式に出掛けて来ました。
1年前の入学式からこの日を心待ちにしていた母は、やっぱり嬉しかったです。
厳粛な雰囲気の中、執り行われた戴帽式。
白衣に身を包み、ナースキャップを被せてもらった娘。
キャンドルサービスと、ナイチンゲール誓詞の朗読。
これから歩むであろう、長い看護の道のりの第一歩を踏み出した若い力に、声援を送り続けたいと思います。

歓送迎会、そして壮行会 04.5.13
いきなり、“強烈な画像”でゴメンなさい!!(苦笑)
左 21日からマッキンリーへ遠征する、谷口和幸隊員
中 異動で大沢野署勤務となった、古崎富裕分隊長
右 今春から入善署勤務となった、平野正樹分隊長
右端手前は、一体誰でしょう!?
「ぜひ、この“後頭部”だけでも載せてほしい!!」
。。。
13日、なかなか日程が取れなかった朝日岳方面遭対協主催の「古崎分隊長の送別会」「平野分隊長の歓迎会」「谷口隊員の壮行会」が、町内某所で行なわれました。
古崎分隊長には、5年の長い間にわたって、朝日岳方面の遭難事故防止や安全対策と、現場出動に尽力活躍して頂きました。本当に有り難うございました。大沢野署でもますますその力を発揮されることを願っております。
平野分隊長には、これまで上市署・大沢野署で山岳遭難に関わってこられましたが、今回の入善署勤務では、朝日岳方面の山岳警備に分隊長としての実力を遺憾なく発揮されると期待しております。よろしくお願いいたします。
谷口隊員にあっては、今回のマッキンリー遠征に5名の少数精鋭の隊員の一員として選ばれ、記録係として帯同されることとなっています。その若さと粘り強い精神力をもって、ぜひ登頂に成功され、無事に帰国されることを、朝日岳方面遭対協の隊員全員が願っております。
3名の富山県警山岳警備隊の皆さんの、今後ますますのご活躍と、厳しい山岳警備の中での安全をお祈りいたします。

越道峠〜魚止滝方面から望む 04.5.15
上の写真は、nyamaさんの撮影。
今日は、遭対協の春山訓練が行なわれました。
私も同行する予定でしたが、今朝になってどうしても抜けられない急な用事が出来、残念ながら、朝役場前の集合時間での“激励”だけになりました。
今回は、日曜日の天気予報がかなり悪いので、日帰りで越道峠から魚止滝方面への偵察となりました。
県警山岳警備隊から平野分隊長と谷口隊員を講師にお願いして、遭対協からは救助隊員が8名参加、雪上訓練や基本的な救助技術の確認などを行ったそうです。
nyamaさんにデジカメカメラをお願いしました。
上の写真は、越道峠付近から魚止滝に至るルート上の「朝日岳の全容がはっきり確認できる」“ビュースポット”からのものだそうです。
越道峠付近、そして山の雪融けもかなり進んでいるようですね。

遭対協訓練の出発式 役場前 04.5.15
昨日の遭対協の訓練が終った後、朝日町の山中のとある場所で反省会が行なわれました。
街の灯かりが見える、少し小高い里山の、杉の林に囲まれた中にあるその“別荘”(会館らしい?)は、まさに「隠れ家」に相応しい雰囲気があって、私はとても気に入りました。
私の亡父も、ぜひ一度その場所を訪れたいと思っていたはずなのですが、とうとう叶わぬままに終わっていました。
今度はぜひ秋に、そして雪の降った頃に、持ち主の方達にお願いして、泊めさせてもらいたいなと思っています。

富山県警の、最新式「雪崩ビーコン」
今日17日は、黒部地区に所属する山小屋の組合の総会が宇奈月で行なわれました。
そこで顔を合わせた、阿曾原温泉小屋の佐々木 泉さんや“番頭さん”の中山さん、祖母谷温泉の“ジュニア”峰村君たちの、なんだか少し疲れたような顔…。
宇奈月では、ゴールデンウイーク中にあった事故に続いて、15日(土)にも同じ音谷という場所で山菜採りの方の遭難があり、3人とも出動していたそうです。
15日は、宇奈月方面遭対協も訓練を実施し、ちょうどその反省会の席に第一報が入ったとか。それから準備をして、夜中にかけて先発隊として黒部署所属の県警山岳警備隊員と泉さん、中山さん達が出動。
いったん撤退を余儀なくされ、早朝から今度は峰村君達なども含めて再び山へ。
新聞既報の通り、結局は山菜採りの方は遺体で発見され、その収容に夕方近くまで掛かったそうです。
一日かけてかなりハードな訓練をし、その晩に実際の事故で現場出動。先発隊は2時間余りの睡眠の後再び早朝から険しい現場へ。
15日夜に「雪渓を滑った」と友人に携帯電話を掛けてきたという遭難者。15日夜半から16日にかけては、かなり激しい降雨でした。
無事救出を願った家族の思いは届かず、捜索隊の必死の活動も空しく、遭難者は発見されました。
県警山岳警備隊はもちろん、宇奈月方面遭対協も、そして朝日岳方面遭対協のメンバーも、決して「本番」での出動が無いことを願いながら、一年を通して「訓練」に励んでいます。
未だしばらく山菜採りのシーズンが続きます。
行き慣れた地元の山とはいえ、くれぐれも細心の注意を払って山へ入られるようにして下さい。
隊員や関係者など、多くの皆さんの救助活動の実際の様子を間近かに見、また悲嘆に暮れる家族の様子にも接している、山小屋管理人からもお願いします。
遭難者の方のご冥福をお祈りいたします。 合掌

剱岳をバックに、春山警備中の古崎分隊長・谷口隊員と 04.5.2
母の日、去年アルバイトをしていた真理ちゃんから郵便が届きました。
「実家の畑の隅で新芽を出していたお茶を摘みました。朝日小屋の母、ゆかりさんへの“母の日”のプレゼントです。もうそろそろ小屋開けの準備で忙しくされている頃でしょうか。お茶を飲んで、ひと息ついてからがんばって下さいね」という手紙を添えて…。山開きにも来れそうだとのこと。当日は賑やかになりそうです。
彼女の優しい気遣いがとても嬉しく、ほろりとさせられました。本当に有り難う。
先週には、グリーンパトで活躍してくれたじっきーからも手紙が来ました。社会人となってから一年。どうしているかなぁと、折々に心配していた私です。
社会人一年目で生じた「迷い」や「不安」とも、彼女なりに真摯に向き合いながら、『仕事』に対して、緊張感の中にも充実感や達成感を見出し、少しづつ自信を持ち始めた彼女の様子が手紙の内容から感じられました。
いつも前向きな彼女は、きっとこれからも頑張ってくれるでしょう。
去年のアルバイトで、山小屋で稼いだお金を“握り締めて”ロシアでの留学生活へと旅立って行ったヨッシーからも、昨日葉書きが届きました。
留学生活もあと2ヶ月をきった彼、どうやら元気でやっているようです。
嬉しいことに、「朝日小屋の従業員・吉田秀樹」「今年も空きがあったら、働かせてくださいまし」としたためてあり、昨年小屋を下りる時の約束通り、今年も来てくれるようです。待っています。
それから、元・蓮華温泉アルバイトの千晶ちゃんからも掲示板に書き込みがありましたね。今年も山開き登山会に来てくれるようです。
やはり社会人となった彼女は、休みを利用して来てくれるので、いつもいつも忙しい時ばかりでゆっくり話している暇もなく、充分なもてなしもしてあげられずに心苦しく思いますが、こうやって毎年朝日小屋に通ってくれることを本当に嬉しく思っています。
また山開きではバタバタしているでしょうけれど、必ず声を掛けて下さいね!!
01・02年とアルバイトに来てくれた鮎美ちゃんからも、メールが入って来ました。U高校山岳部で活躍した彼女は、卒業後関西地区のお菓子の専門学校で学びました。
小屋に来ても、休み時間を利用してはとても美味しいお菓子を作って私たちに食べさせてくれました。今は、遠く離れた北海道の函館で就職しているようです。
時々は、日記も見ていてくれるのかなぁ…。遠いから難しいかもしれないけれど、山開き頃に来たいと書いてあったから、お休みが取れたら本当に遊びに来てネ。久し振りの再会を楽しみにしています。
みんな、有り難う。
なかなか返事も出さない「筆不精」な私ですが、みんなからの便りに励まされて、今年も頑張ります!
また、朝日小屋で会いましょう!!

慎ちゃんです!元気デス!! 04.4.9
上の写真は、4月に慎ちゃんがカナダから一時帰国した折、我が家へ寄ってくれた時の写真です。とっても元気そうでした。かなり頑張っているようですヨ!
HPに載せるのがとっても遅くなってしまいました。ゴメンなさい!
哲也、頑張っていますか?
さやか、少しは慣れましたか??
拓郎、たまには連絡してょ。
グリーンパトのみんな、元気ですか??また、遊びに来てね。
くーさん、そして貫さん。今年も会いたいですね。
綾花ちゃん、頑張っていますか?
由衣ちゃん、去年は「オニギリの素」有り難う!どうしていますか?
優ちゃん、どうしてる?山には登っていますか??
大志、合格おめでとう!学生生活には慣れましたか?山は登っているの??
茜ちゃん、いつから行くの?山開きには来れませんか??
祥滋、どうョ!?今年も来るんやろ??待っているからね!!
ヒーシー、元気でやっていますか?富山に来たら、連絡してね。
陽子ちゃん、今年こそ登って来てね。待っています!!
みっけチャン、どうしてる?また会いたいね。連絡して!!
裕子ちゃん、直子ちゃん。田植えには来たの??小屋で待っているからね。
ヒトホ、ミッチー。今年は3年生だね。どうしてる?連絡してネ!!
ヒロ、何とか言って来てょ。小屋へも一度くらい来れない!?
てらちゃん、もちろん山開きには来るんでしょ!?休暇取ってね!!
そして、孝太。
手紙有り難う。元気にしていますか?仕事はどうですか??
なかなか休みも取れないでしょうし、朝日小屋に来るとなると一日や二日ではダメだから難しいかもしれないけれど、でも待っています。会える日を楽しみにしています。

仕事、していました!!
上の写真は、黒部市内某所のS印刷さんの会議室。
今日の私は、この場所で朝から夜まで「カンヅメ」になっておりました。
この日記を読んでいらっしゃる方の中にも、もしかしたらご迷惑をお掛けしている方たちがおいでになるかと思うと心苦しいのですが。
実は…
亡き父を追悼する、「偲ぶ本」のようなものを作れたらと、生前お付き合い頂いた方々に原稿をお願いしてからかれこれかなりの月日が経ちました。
そろそろ、「あれは、一体どうなっているの!?」とお叱りにも似た“激励”もあったりして、かなり切羽詰った状況になってきました。
シーズンオフの暇な時にやっておけばいいものを、本当にギリギリにならないと動けない性格が、ここでも災いして関係方面にご迷惑をお掛けしている次第です。
そこで…
“見かねた”というか“業を煮やした”S印刷さんの会議室を提供してもらって、「カンヅメ」になりながら、文章書きやら打合せやらをしているというわけです。
家にいると、どうも「仕事」という環境にほど遠かったり、いろいろ電話が掛かってきたり、来客があったりと、まとまった時間を作れなくて困っていましたが、「カンヅメ」の中ではかなり集中できるので、ものすごく助かりました。
今日は“残業”もしました。あと何度か「ゆかりのカンヅメ」も、あるかもしれません。
とにかく、小屋へ入る前に目途をつけなくては…。
本が出来上がって、少しホッとするのは、多分小屋閉め時分だと思います。
原稿をお寄せくださった皆さんが読んでいらっしゃいましたら、この場をお借りしてお願いいたします。
「秋までには何とか形にしますから、もうしばらく猶予をください。よろしくお願いします!」

遠征隊、元気に出発!! JR富山駅にて
遠征隊の皆さん、左から
園川登攀隊長、湯浅食料係、野中装備係、河野会計係、谷口記録係
右は、インタビューを受ける永山隊長
(佐伯成司アドバイザーは、先発隊としてすでに出発)
今日は、北米大陸最高峰・マッキンリー(6,194m)登頂を目指す登山隊の出発の日。
入善署配属の県警山岳警備隊隊員・谷口和幸隊員の出発にあたり、朝日岳方面遭対協から役場事務局の坂口係長と私が、富山駅まで行って来ました。
早朝の出発にも関わらず、隊員の家族や、県岳連の木戸会長、県警山岳警備隊などの関係者をはじめ、大勢の見送りがありました。
永山義春隊長は、「天候が少し心配ですが、全員登頂を目指して、安全第一で頑張って来ます」と力強く話しておられました。谷口隊員他の皆さんもかなりリラックスした様子で、見送りの皆さんの激励に応えていらっしゃいました。
遠征隊は、天候の安定した6月上旬の時期に登頂を目指し、帰国は来月20日頃の予定だそうです。
「指一本、落として来られんがだぞ!!」
…家族はもちろん、関係者の皆さんの思いは同じです。
それぞれの隊員の皆さんが鍛えられた体力と精神力を持って、尚且つ、『山の神様』が与えてくださる“チャンス”にも恵まれ、全員登頂と無事帰還されることを祈ります。

谷口隊員と坂口係長、そして私 JR富山駅にて
そうなんです。
今朝は遠征隊のあまりの早い時間帯の出発に、最初は見送りに行けるかどうか、行こうかどうしようか、という思いもあったのですが、坂口係長と二人「やっぱり、朝日町を代表して行ってこんならんやろ!?」ということで話はまとまりました。
遠征隊の出発は、朝一番のサンダーバード大阪行き。富山駅発が6時15分でした。
車で行こうかとも思いましたが、とにかく朝が早過ぎて、富山まで出てもどこへも寄れませんし、電車で行ってすぐまた電車で“とんぼ返り”してくることになりました。
泊駅で、5時4分発の急行能登に乗った二人。坂口係長も私も、まだ少し眠そうです。私など、夜中に中途半端に起きてしまったものだから、せっかくお化粧でもと思いながらやっぱりいつもの“スッピン”(苦笑)。
谷口隊員には、「見送りに行く」とは伝えてなかったので、少々ビックリした様子。でも、喜んでもらえたようでした。
坂口係長、電車が近付いて来て谷口隊員にひと言。
「辛くなったら、恵振山の坂を思い出して頑張れ!!」
うんうん、なかなか朝日モンらしい激励の仕方。。。
納得してはみたものの、なんだか可笑しくなって笑いがこみ上げてきてしまいました(笑)。
「坂口さん、恵振山の坂ぐらいでマッキンリーへ行けるんやったら、私でも行けるかも。ハハハ」と笑い飛ばしてしまった私。
「だって、なんか言おうと思ったけど、オレの判断の基準はやっぱりイブリの坂なんやヮ」と坂口係長。
とにもかくにも、谷口隊員は無事に出発されましたし、坂口係長と私の“早朝デート”は約2時間半で終わりました。
泊駅に着いて知り合いにも会いましたが、「こんな早い時間に、何で電車から降りてくるの?」というような顔をされて「私たち、朝帰り!」と、“素直”に言ったような言わなかったような(爆笑)。
あら、かよちゃん(坂口夫人)ゴメンね!!
追伸
どうやらBBT富山放送局のニュースで、かなり大きくアップになった私の顔が写っていたらしい…。デジカメ写真を構えて、うろちょろする姿も…。NHKのニュースにも…。
あらあら。

大好きな作品です。
おはようございます!!
上の作品は、
朝日町在住の画家、湯口敏明さんの油絵 『五月の風』 です。
パネルに張った特製のキャンバスに描かれたもので、大きさが約400号、畳4枚近くもあるという超大作です。
旧の大家庄学校と山崎小学校が統合して「あさひ野小学校」が開校した時に、地元山崎地区殿町にお住まいの湯口さんが寄贈された作品だそうです。
湯口さんは、私にとっては“湯口先生”。元々高校の美術の教師をしていらっしゃった湯口さんは、私が高校在学中にちょうどN高校で教えていらっしゃいました。
直接には美術を専攻していなかった私ですが、同級生には今は画家として活躍中の人が二人もいたりして、その彼らを教えていらっしゃった“湯口先生”は、その風貌といい言動といい、とても雰囲気がおありになって素敵で、私たち生徒の憧れの的でした。
「昔も今も、実は抽象画を描いています」とおっしゃる湯口先生ですが、小さい頃から朝に夕に間近に見て来た朝日岳や白馬岳の山並みを、感性豊かに表現されています。
とても素晴らしい、私の大好きな作品です。
超大作の『五月の風』は、あさひ野小学校正面玄関を入った場所に飾られています。
今朝の富山県地方は、とても爽やかな「五月晴れ」です。気持ち良く目覚められた方も多いのではないでしょうか。
仕事、そして勉強始まりの月曜日ですが、今朝のお天気のように「爽やかに」一日を過ごしたいですね。
肉体的にもそして精神的にも、少々ハードな週末を過ごした私。
落ち込むかなぁ、と思いながら朝を迎えたのですが、疲れていた分ぐっすり眠れたからでしょうか、なんだかすっきりと目が覚めました。
いよいよ小屋開けまで3週間。
例によって、まだまだモタモタしている私ですが、今週も頑張りたいと思います。

ひとつひとつ、丁寧に手作業で 04.5.25
今日は、どうしても進物として入用だったので、朝から青海町の駅前にある長野屋さんまで行って来ました。
長野屋さんでは法事用の注文があったとかで、ちょうどパパさん(ご主人のことを私は勝手にそう呼ばせてもらっている)が「栂海新道」を焼いていらっしゃるところだったので、図々しくもその様子を少し見せて頂きました。
銘菓「栂海新道」については、以前からこの日記の中でもご紹介していますし、雑誌「山渓」にも載りましたね。
北海道産“大納言”をたっぷり使った「きんつば」の周りに抹茶を溶いたものをコーティングして焼き上げた、味わい深いお菓子で、その抹茶の深い色合いが、まさに「栂海新道」をそのまま表している一品だと思います。
私が見学させて頂いたのは、出来上がった「きんつば」に抹茶をからめて焼くという作業でしたが、時間も手間もかかる職人さんの仕事でした。
写真の中で、作業をしているのは長男の孝一さん。スキーの講師をしたり、ママさんバレーチームを教えたりと、なかなかスポーツマンの好青年です。
(ただ今“花嫁募集中”とか。よろしくお願いします)