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イワウチワ ブナの新芽調査にて 05.4.17
しばらくの間日記が滞ってしまい、本当にすみませんでした。
実は…
先月20日の夜から、入院していました。
例の、婦人科の病気が急変しての緊急入院でした。
大量出血の為、重症の貧血状態となってしまいましたが、当直の先生の適切な処置のお陰で“命拾い”をしました。
貧血状態が改善したのを受け、4月26日に手術をし、その後は順調に回復することが出来ました。
いろいろご心配をお掛けしましたが、本日無事に退院することが出来ました。
お陰さまで、緊急入院で術前にバタバタした割には、術後はお医者様も驚くほどの回復力で、今は久しぶりに我が家に戻り、ホッとしています。
6月からの小屋開けには差し支えないとの、お医者様のお言葉も戴くことが出来ました。
改めて書かせて頂きますが、とりあえずご報告まで。

ブナの新芽 05.4.17
いろいろとご心配をお掛けしました。
でも、心身ともに元気(!?…我ながら、苦笑)ですから。
お陰さまで、痛みなどは一切ありません。
寝ているほどではないのですが、ただ17日間ベットの上だったので、少々足が弱っているのは確かのようです。
「やわやわ」やります。
(富山弁で、“ゆっくり”“マイペースで”“無理せずに”などの意味か)
小屋開けから小屋閉めまで、とにかく4ヶ月間、頑張り通さなくてはいけないこの身体。
この2週間ほどは、とにかく無理せずに、6月12日の小屋開けを頭に置いて、徐々にペースを上げるつもりで。
なにしろ、「命拾い」したのですから…。

もう、雪の頃が懐かしい… 瀬戸蔵山にて 05.3.7
わずかな入院生活だったつもりでしたが、家へ帰ってみたら、周りに見える景色がすっかり変わっていてびっくり…!!。
新緑は、深緑へ。笹川のトンネルをくぐってすぐ目に飛び込んできた山々の、深い緑色には驚かされました。
4月20日には未だ咲いていたはずの桜は、どれも青青とした葉桜に。
山桜に代わって、藤の薄紫色が山の斜面を彩っています。
家々の庭先には、色とりどりのツツジやサツキが咲き競っています。
そして。。。
水も入っていなかった田んぼでは、もう田植えが始まっていました。
毎晩、蛙がゲコゲコ、ゲロゲロとそれはそれは賑やかです。

タムシバ その花びらの清楚な色合いが大好きです 負釣山 photo by S
連休中の皆さんの山行きの報告を見ていて、「羨ましくないはずがない!」この私。
「諦めている」と口に出しながら、実は気持ちは、残雪の山をふーふー言いながら心地よい汗を流して登っている自分を追っています。
でも、本当に今の私には「元気になること」が最大の目標であり、1ヵ月後には小屋を開けなければいけないという大事な大事な仕事が待っています。
入院中も、退院してきてからも、周りの皆さんの励ましが本当に嬉しく、有り難いのです。
昨日はN美ちゃんが、わざわざススタケとウドを持ってお見舞いに来てくれました。
夕方にはBさんが、奥さんと一緒に山菜採りに出掛けたその足で帰りに訪ねてくれて、袋いっぱいのススタケを置いていってくれました。
ススタケの味噌煮、お味噌汁、焼タケノコ、などなど「春、真っ盛り!!」のその味を堪能させてもらいました。
そして夕方には、亀ちゃんからもラブコール。
一人で、オーバーペースになっていないかと心配しての電話でした。
タケノコの美味しさとともに、皆さんの気持ちが嬉しくて、早く元気にならなくてはと思っています。
お陰で、日に日に調子もパワーも戻りつつあるのでこの調子で徐々に頑張りたいと思っています。
上の写真は、「日記に載せる写真がない!」と言ったら「じゃ、オレの写真を使っていいよ」とSちゃんが送ってくれた一枚。
タムシバ。残雪に良く似合う花、大好きです。

うっかり着けたまま帰宅してしまった、患者識別バンド
今回の病気・入院・手術では、大勢の皆様にご心配やご迷惑をお掛けしました。
本来なら、ごくプライベートなことなので詳細についてはこの「日記」上で公開すべきではないのかもしれませんが、各方面の方々からいろいろとご心配戴いたこともあり、この際もう少しきちんと説明しておくべきと思い、書かせて頂くことにしました。
手術は、『子宮全摘出』でした。
以前からの『子宮腺筋症』という病気が原因でしたが、摘出し確認したら『子宮筋腫』もあったそうです。
この病気は、生理痛がひどいこと、生理と生理の間にも痛みが頻発することがあること、出血の量が多いことなどが特徴のようです。
4、5年前から『貧血』がひどくなり、元保健師の美枝ママから「ゆかりちゃん、婦人科で診てもらったら!?」と言われて受診したところ、「子宮腺筋症です。貧血はありますが他の症状も軽いし、今すぐ治療しなければいけないほどではないと思われるので、年1回以上必ず受診するように」とのことでした。
その後は、生理の時の出血量は多いものの、生理痛も殆どなく、毎年の検診を欠かさず続けていました。
ところが昨年9月初めの生理の時、我慢できないような激痛に襲われました。お客様の朝食の準備を終えて、立っていられないほどどうにもならなくなって、坐薬を使用して寝込んでしまいました。
その後、毎月の生理の度に耐え難い激痛が襲うようになりました。出血の量も確実に増えました。
小屋閉めで下山後、連絡所の開設にバタバタしていた11月12月を過ぎ、年が明けて1月になっても症状は変わりません。
この頃になると、生理の時だけでなく、生理と生理の間にもはっきりと痛みがあるようになりました。
1月中旬。雪山テント泊を計画していたのに、痛みがひどくて直前にキャンセルすることに。
数ヶ月ぶりに婦人科を受診しました。土曜日の午後で、代診の先生が「この薬を飲んでみますか」と処方して下さったのが、低容量ピルでした。
「2〜3ヶ月ほど飲んでいると、症状が軽減されるはず」という医師の指示で、入院前日まで飲み続けました。
(途中いろいろあって、違う医師にかかることになりましたが、別のところでも低容量ピルが処方されました)
4月17日。ブナの新芽調査に出掛けましたが、ひどく疲れました。久しぶりに山を歩いたからだろうと思っていましたが、帰宅後に出血がありました。
4月初めの生理が終わってからまだ1週間しか経っていなかったので、「あれっ!?」と思いましたが、低用量ピルを飲んでいると中間に出血することもあるということだったので、あまり気にはしませんでした。
18日の出血量は、普通。
21日から出掛ける予定にしていた「栂海山荘除雪山行」の食料計画を、長野屋さんのひとみさんと話し合っていました。
19日は、前日とは様子が違って朝から出血量が増え、夕方にはその量はかなり多くなっていましたが、痛みが全くなかったので、そのうち落ち着くだろうと思っていました。
4月20日。朝から、富山市内で開かれた「外食産業フェアー」に出掛けました。
昼過ぎ。あまりの出血の多さに、翌日からの栂海新道を断念することにして、ひとみさんに連絡。
それでも「2日間も出血が多かったから、多分、明日になったら治まると思うから、カボチャだけは煮て持って行くね!」などと、暢気なことを言っていた私でした。
20日夕方。立ち寄ったH美ちゃんところで、「すごい出血だから、早く家に帰ってちょっと横になるわ!」と言っていました。
相変わらず痛みは全くなかったものの、少しづつ、「これは、今までの出血と少し様子が違うかもしれない…」と思い始めていました。
転院したのが富山市内の総合病院だったこともあり、「受診しなくてはいけないようだったら、一人では行けないし、どうしようかなぁ」と考えながらも、夜8時を過ぎて電話を入れました。
準夜勤の看護師さんに症状を説明したところ、折り返し当直のお医者様から直接お電話がありました。
「話を聞いた限りでは、このまま休んでいても、出血が止まるとは思えません。多分明日の朝まで、まだ大量の出血が予想されます。このままにしておけば、大変なことになるかもしれません。今すぐ来れませんか!?」
布団を引いて横になっていましたが、運良く、そこへ用事があって訪ねて来た末娘のピアノの先生が「高速飛ばして、すぐ連れて行くから!!」とおっしゃって下さって、慌てて取るものもとりあえず病院へ駆け込みました。
すぐ、内診や血液検査をしました。
結果を見て、治療方針を話し合いました。
子宮全摘出手術の他には、ホルモン治療の方法も説明されましたが、諸々考えた末に、子宮を全摘出することを決断しました。
丸2日間の大量出血の為、血液中のヘモグロビンの数値が急激に低下していて、「輸血」にも踏み切りました。
(女性の場合正常値12〜、最低でも10、のところ、入院直後は5.7しかありませんでした。)
5月連休明けしか手術は出来ないかもしれないかも、と言われましたが、運良く4月26日に予定を入れてもらえました。
また、5.7しかなかったヘモグロビンの数値も、治療のかいあって手術前日までには、どうにか手術許可が出るほどまでに回復していました。
お陰様で(と言うか)、摘出したのは子宮だけで、卵巣に病変はありませんでしたのでそのまま残してもらいましたし、他との癒着もなく、また病気は悪性のものもありませんでした。
卵巣がそのままなので、今後も女性ホルモンの分泌はあるとのことですし、手術も成功し一安心しています。
この後、もうしばらくは養生も必要ですが、お医者様からは「1ヶ月経ったら、元の生活に戻っていいですよ」と言われています。
小屋開けはヘリコプターでの入山ですし、2ヶ月経ったら「山もOK!」と言われ、ホッとしました。
また、「よくこんな身体で山歩きをしていましたね。心臓にもかなり負担が掛かっていたはずですよ」と言われた貧血も、これからは出血そのものがありませんので、今後も心配はないはずだとのことです。
術前はバタバタしてご心配をお掛けしましたが、再発の可能性はありませんし、二度とあの痛みが襲って来ないので、本人は『何年も爆弾を抱えていたけど、火が付いてしまった爆弾を、爆発直前に処理してもらった』と、今は安堵の気持ちでいっぱいです。
ギリギリでしたが、今年の小屋開けには支障がないと思いますので、今しばらく身体を休めてまた頑張ります。
本当に、いろいろ有難うございました。

ワサビの花
毎日、時間の過ぎるのが早いこと。
退院したら、しばらくはもう少しのんびり時間が過ぎるかと思っていたら、案外そうでもない。
これはやっぱり性分か(苦笑)。
昨日は、病気や入院・手術のことを書いてしまって、何だかサッパリしました。
心配の余り、いろいろ誤解や憶測も飛び交いそう(!)なので書かせてもらったのですが、「婦人科」というだけで、男性陣には「何が何だか分からない!」世界のようです。
お天気が良いと、本当に気持ちがイイですね。
病院の中にいると、外の空気が分からなくて。
あっという間に過ぎていくほうが、私らしい…。

「魔除け」…!?
緊急入院したのが4月20日、でも私は翌日の21日から3泊4日の日程で、栂海山荘の「除雪山行」に出発する予定でした。
この数年、さわがに山岳会の小野 健さんたちとご一緒して恒例になっているので、今年もシーズンの幕開けともなるこの山行に同行させて頂くはずでした。
20日の昼までは、行くつもりでした。
もう2日ほど日程がずれていたら、あるいは私の身体の変調が遅かったら、私は確実に山を歩いていました。
山の中で、今回のような事態になっていたら。。。
そう思うと、本当にゾッとします。
「どうしても、この様子では無理かな」と思って、21日からの栂海新道を断念する旨を長野屋さんのひとみさんに連絡したすぐ後、Sちゃんから電話が入りました。
「私、21日から栂海新道へ行くことにしていたんだけど、こんなことがあって、中止にしたんだ。だけど、きっとこの出血も今日で終わるはずだから、4日間も日程がぽっかりと空いてしまったし、土曜日(23日)辺り、何処か山へ一緒に行こうか。どう!?」
本当に、そんなのん気なコトを言っていた私でした。
4月末からの大型連休には、昨年も行った立山・剱岳方面へ出掛ける予定でした。
そして5月3日からは、これも2年続けて行った、北又小屋に泊まって恵振山の7合目までを計画していました。
でも、本当に、山の中で今回のような重大な事態が起こらなくて本当に良かったと、つくづく思っています。
山の中でなくて良かった。
そして、山行が全部終わって5月連休明けに入院・手術となっていたら、小屋開けには間に合わなかったかもしれないと思うと。。。
また、無事に小屋開けしたとして、シーズン真っ最中に今回のようなことが起こっていたら。。。
ゾッとします…
本当に本当に、お陰様です。
上の写真は、何だと思いますか??
男性用のカミソリです!!
とっても“お茶目な人”が、「ゆかりさん、“ヒゲが生えてくる病気”かもしれないと聞いたもんだから」と、お見舞いに持参してくれました。
爆笑してしまいました。
いろいろ心配をお掛けしました。
有難うございます。でもお陰様で、そんなことはありませんから、安心してくださいネ(微笑)。

カタクリ photo by S
退院から1週間。
何もしていないようでも、退院直後はドッと疲れるように感じたりしましたが、今日辺りは、日に日に元気(と言うか、いつもの私らしさ!?)が戻りつつあるということが実感できるようになりました。
気が付くと、知らず知らず自分の身体と、話をしているようです。
臆病になって過保護になりすぎてはいけませんが、『もう少し気をつけて、気遣ってやらなければいけないな、この身体!』と思っています。
気持ちはシャンとしているので、安心しています。

青空にも、タムシバはよく似合う photo by S
早いもので、笹川に連絡所を開設してから6ヶ月が経ちました。
昨年12月。初雪が降り、クリスマスツリーのように飾り付けられた山に樹々に感激したのが、つい昨日のことのようです。
隣近所の皆さんとも仲良くしてもらっています。
今の時季、朝から晩まで蛙の鳴き声や虫の声、鳥のさえずりが聞こえてきます。
満開の桜は終わりましたが、色濃い緑の山々に心が落ち着きます。
引っ越しや入院など、いろいろバタバタしましたが、生活と仕事の拠点として、笹川の地はとても気に入っています。

真砂岳を目指して 05.5.4 photo by S
昨日、電話がありました。
「ゆかりさん、ヒロです。覚えていらっしゃいますか!?」
「ヒロ!?久しぶりだねぇ、もちろん覚えているよ。どうした?」
「一年間の研修期間が終わって、いよいよフィリピンへ行きます。22日に成田から出発です」
一昨年の夏、約2ヵ月半アルバイトをしてくれたヒロ。とても素直で純粋で、一生懸命働いてくれたヒロでした。
昨年も来てくれる予定でしたが、いろいろ悩んだ末、海外協力隊(?)で農業に従事することになって、昨年一年間専門的な研修を受けていたのでした。
わざわざ連絡を入れてくれた彼。身体に気を付けて、無理をしないで、でも頑張ってくれることを祈っています。
まさに、「母」の気持ち。
朝日小屋へ来てくれる若いみんな、一年だけのアルバイトも居れば、数年続けて来てくれる子もいます。
いろんな子たちが、それぞれの想いを抱いて若い時代を生きています。
私も、頑張らなくっちゃ!!

黒岩平付近にて 04.10.7
私が入院していた4月下旬、笹川の連絡所を訪ねて来てくださった方がいらっしゃいます。
末娘が応対しお名前をお聞きしたらしいのですが、教えて頂けなかったようです。
娘の記憶から、どなただったか私なりに考えてみたのですが、どうしても分かりません。
車は県外ナンバーだったということでしたが、申し訳ありません、どなたか「私でした!」という方は、ぜひ笹川連絡所までご連絡戴けないでしょうか。
よろしくお願いいたします。

五月晴れに輝く朝日岳
今日は午後から、黒部地区の山小屋組合の年一回の総会があり、出席してきました。
退院後初めて長時間の会議出席で、どうかなと少し不安もあったのですが、(もちろん)大丈夫でした。
久しぶりに組合の皆さんにお会いして、いろいろな話が出ました。「私も頑張らなくては!」と再認識。
昨日今日と、五月の空に山々が輝いていました。
笹川に引っ込んでいると、朝日岳が見えなくて少々物足りないのですが、その分久々に大蓮華の山並みを眺めると何だかワクワクドキドキします。
毎年思うのですが、『しばらく逢えなかった恋人に、もうすぐ逢える直前の…』という今の気持ちです。(苦笑)

ゴゼンタチバナ 04.6.27
毎年恒例の、朝日町観光協会主催の「朝日岳山開き登山会」が今年も6月25日(土)〜26日(日)の日程で開かれます。
朝日岳に夏山の訪れを告げる行事で、例年多くの登山者の皆さんが、残雪の朝日岳・朝日小屋を目指して北又からのコースを登っていらっしゃいます。
当日は、大蓮華山保勝会のメンバーが中心となってリーダー・サブリーダーを務め、参加者全員の安全な山行をサポートします。
梅雨の最中の行事ですので、なかなか両日とも晴れてくれるというのは難しいこともあるのですが、経験豊富な地元山岳会の皆さんと一緒に山を歩き、山開きの神事に参加されるのも、また素晴らしい体験となることでしょう。
夏山最盛期とはまた一味違った山が楽しめると思います。
見どころたっぷりの「朝日岳山開き登山会」に、今年はぜひ参加してみませんか!?
連休明けの9日から募集が始まっていますが、まだ余裕はあるそうです。
詳しいお問い合わせは、
朝日町役場・まちづくり振興課・観光係
(観光協会事務局)まで。
電話は、0765−83−1100です。

黒部五郎岳山頂より槍ヶ岳 05.5.16 photo by S
今日は、退院後2週間目の検診に行って来ました。
手術後は心配された出血もなく、腹部の変調も見られず、快食・快便・熟睡とあって、体調良好。
検診の結果、縫合部分の回復状態も良好で、「今回の病気、そして手術後については何も心配はいりません。卵巣も大丈夫ですよ。良かったですね。山での生活、頑張ってください!」と、主治医の先生の心強いお言葉を戴いてきました。
主治医の先生は、ぜひこの日記に写真を載せたいくらい、本当にチャーミングというかそんな中に凛凛しい雰囲気があって知的な、笑顔の素敵な30歳前後(?)の女医さんです。
縁あって信頼できるお医者様に巡り会え、安心して手術に臨むことが出来ました。
「5月連休明けの手術では、仕事に間に合いません!」という、何とも、病気を無視したような患者のわがままにも、キチンと耳を傾けて最善を尽くして頂きました。
もう『あの痛み』が襲って来ない、と考えただけで、気持ちはすっきりしています。
いろいろ悩んでいた時に心配した「子宮喪失感」という“不安定な要素”も、年齢的にもタイミングとしても、仕事を考えた場合にも、本当にこれで良かったと自分自身が納得できて消えていきました。
オフシーズンに余裕を持って手術しておけば良かったのかもしれませんが、シーズンに向けて「さぁ、これから頑張ろう!!」という春のこの時期だったからこそ、身体も気持ちもシャンとしたのだと思っています。
先生に「太鼓判」を押してもらって、いよいよ小屋開けに向けて、パワーアップしていきます。
頑張ります!!

北ノ俣岳より北ア遠望 05.5.16 photo by S
山へ行きたいなぁ。
昨年10月に山を下りて来てから、いろいろなことがあって『山』へ行っていないので、かなり「消化不良」気味。。。
負釣山も南保富士も、行っていない。
白鳥山は、訓練で3月に一度登っただけ。
犬ヶ岳も行けなかった。
大地からの初雪山は、今年もぜひにと思っていただけにとても残念。
楽しみにしていた、北又の芽吹いたばかりのブナの新緑は、病院のベットの上で夢に見ただけ。
引っ越しに病気と、諸々“のっぴきならない”事情があったので、諦めてはいるのですが。
分かっているけど、でもでも、言葉に出して言ってみたかったのです。
あぁ〜、山に行きた〜〜い!!!

親睦を深める参加者の皆さん 小野さん自宅前
明日22日は、親不知にて「海のウエストン祭」と、引き続き白鳥山の登山会が行われます。
今日21日はその前夜祭と称して、さわがに山岳会の小野 健さん宅で親しい皆さんの集まりがあり、私も顔を出させてもらいました。
栂海新道への熱い想いを語らう皆さん。
暑い暑い夏の“やぶかり”に精を出す皆さんがいらっしゃいます。
年に何度となく栂海新道を歩く方もいらっしゃいます。
小野さんの人柄に惹かれて集まる岳人がいます。
今年も、北アルプスの最北端・朝日岳から、海抜0mの日本海・親不知を目指すロマンの山旅が、多くの登山者の皆さんを待っていることでしょう。

遭対協隊員から、ロープワークの講習を受ける
大蓮華山保勝会の「安全登山講習会」が、尾安谷周辺で行われました。
残念ながら私は参加できませんでしたが、新人のBANさんをはじめとした会員の皆さんが、遭対協救助隊の谷口隊長や大和隊員から登山技術の講習を受けたとのことです。
この講習会は、朝日岳の山開き登山会に向けて、リーダーやサブリーダーを務める保勝会の会員が、参加者の皆さんの安全を少しでもサポートできるようにと、毎年開いているものです。
なお、例年県警山岳警備隊の方々の指導を受けているのですが、新聞既報の通り今朝から入善町で発生した山菜採り2名の行方不明捜索の為、急遽平野分隊長・谷口隊員が出動となったので、会員のみの参加で行われました。(午前中、2名無事発見)
上の写真撮影は、BANさんでした。

県警山岳警備隊員から講義を受ける 05.5.28
28日からの一泊二日の日程で、朝日岳方面遭対協の訓練が立山町千寿ヶ原の文部科学省登山研修所にて行われました。
今回は、富山県山岳連盟の訓練と日程が同じとなり、県下各山岳会からも多くの参加者がありました。
私もハーネスなど、山道具も持参して「やる気満々!」だったのですが、考えてみると、吊り上げられた時に腹部に負担が掛かるかもしれないとの判断で、残念ながら初日のクライミング及び岩壁を使った遭難者救助の訓練は断念することに。(かなり、心残りでした…)
ずっと、見学していました。
県警山岳警備隊からは、入善署の平野分隊長と谷口隊員、そして魚津署の丸山・上市署(室堂常駐隊)の山田両氏が講師となって、一日半中味の濃い研修会・訓練となりました。
久しぶりに、緊張した遭難現場の雰囲気を想定した訓練に参加し、いよいよ2週間後に迫った小屋開けに向けて、私の士気も高まってきました。

担いでくれる救助隊員の大変さが、身に沁みる 05.5.29
朝日岳方面遭対協の訓練。
初日は、手術後の身体を思って見学だけとなりましたが、2日目は「ゆかりちゃんがこの中で一番軽いから、やっぱり“担がれ役”やろ!」ということで、“遭難者役”をやりました。
“材木坂”を少し登って、そこから救助隊員が遭難者を背負って担ぎ下ろす訓練を行いました。
また、登山者が登山道から転落しそこから藪の中を引き上げる場合を想定して、人力のみの場合や様々な用具を使用した場合の訓練も行いました。
実は、登山道で人に背負ってもらったのは初めてでした。(搬送しているのを、横からサポートしたことはありますが)
背負われているのは、思っていたより大変です。正直言って、一歩一歩、救助隊員を信頼するしかありません。
でも、やはり背負っている隊員の方が何倍も大変なのは言うまでもありません。
山岳遭難の現場では、ヘリコプターが現場に急行し遭難者を迅速に救助することが当たり前のような時代になっていますが、全ての現場でそれが可能なわけではありません。
朝日岳のような、樹林帯が多い山岳地帯では、まだまだ人力での搬送が不可欠な場合が多くあります。また天候の急変でヘリコプターが現場に近付けない場合も多々あります。
そのために、日頃から訓練を欠かさない県警山岳警備隊や救助隊員の皆さん。
本当に頭の下がる思いです。
ちなみに、上の写真で私を担いでくれているのは、廣田和徳隊員です。