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「’06ダシ鍋会」(…ナニ!?)でのひとコマ 06.12.2
11月30日に「頭の中は、ぐるぐる。。。」と書いたきり、“音信不通”となっていて、皆さんにご心配をお掛けしました。
「きっとまたいつもの、アレだろう!」という向きもあったようですが(苦笑)、実は不覚にも風邪を引いてしまい、丸4日ほど、寝込んでいました。
滅多に風邪を引くことは無い私。
今回は熱こそ出ていないものの、「やばいなぁ。。。」と思っているうちに咳がひどくなり、身体のだるさも伴いました。
先月末から、何となく嫌な兆候はあったのですが、月末に研修会が続いた辺りから、どうにも身体が“ぽわ〜ん”としたまま。
先週末の土曜日は、余りひどいので午前中は寝ていましたが、どうしても外せない“イベント”が泊りがけで予定されていたので、午後からそちらに参加しました。
日曜日のお昼に帰って来てからは、ずっと寝ていました。やっとどうにか起き出せたのは、昨日水曜日の午後から。
ちょっと疲れていたのだと思います。
とにかく、寝ても寝ても眠たいし、朝も昼も夜もぐっすり寝ました。
今日は未だ咳が出ます。
役場や森林管理署に提出しなければいけない書類も未だ仕上がっていないし、請求書を発行しなければいけない件も2件ほど。
仕事はあるのですが、もう少し休みます。
ご心配をお掛けしましたが、快方に向かっています。また、ガンバリマス。

指差す彼方には、一体ナニが… 「’06ダシ鍋会」にて 06.12.2
快方に向かっていると思われた私の風邪。
しかし一昨日までのここ数日間の、夜布団の中に入ってからの咳き込み様は、末娘が「お母さん、大丈夫!?」とスッ飛んで来るほどの酷さでした。
ドラッグストアで一番高い市販薬を買い、これもお高い“ゼ○F−2”とかいう滋養強壮剤を飲み、これで何とかなるだろうと高をくくっていたさすがの私も、もうどうにもならぬとばかり、昨日はお医者様へ行って来ました。
やっぱり咳とノド痛なので、町内で昔からやっているN耳鼻咽喉科医院へ。
「風邪でしょう。お薬出しますからね」という、優しい老先生のお言葉。
吸入をしてもらい、お薬をいろいろ頂いて帰宅。
その後、帰り道の途中でちょっと立ち寄った本屋さんで、本当に頭の血管がプッツンと切れるんじゃないかというほどに、突然酷く咳き込んでしまいました。
前日も咳が酷くて余り寝られなかったので、帰宅後はうつらうつらしました。
でも心配した夜の咳は、お陰様で薬が効いたのでしょう、ほとんど出ず数日振りにぐっすり休むことが出来ました。
今朝も、調子はまあまあです。
しかし、未だ本調子ではないようです。ぽわ〜んとしています。
咳がかなり収まり、少しホッとしました。
今日は、様子を見ながら…デス。
上の写真は、2日の「’06ダシ鍋会」での様子。
手話を交えながら、「涙そうそう」を熱唱・熱演して下さいました。
出演は、『ナチュラル茂と、クルぅーファイブ』。
企画・演出は、もちろん、マサオちゃんです。

焚き火 魚止滝付近にて 06.10.28
今日は、「動くこと」が出来ました。
朝は少し遅かったのですが、それでも丸一日、家の中でウロウロと。
ちょうど1週間ぶりです。何となく調子が悪くなってからは、約2週間近くが経ちました。
しかし、すぐに溜まった「仕事」に取り掛かるというわけにはいかず、何と言うか、その“前段階”のコトがありました。
ずっと寝たり起きたりだったので、洗濯物もまたまた一杯になり、布団を引いたまま新聞を読んだり本を読んだりしていたので、やっぱり部屋の中もバチャバチャ。
そしてすぐに溜まるのが、いろいろな所から送って来るダイレクトメールやら、諸々の資料類。
そんなモノの整理で、今日は一日が過ぎていきました。
それでも、一日「動けた」ということは、確実に全快に向かっているということだと思います。
ぶり返さないように気を付けながら、明日以降もこの調子で。

何を願うのか、ひろみちゃん 小佐波御前山にて 06.11.19
ホント、日記でこんな話では恐縮なのですが。。。
出ません。。。
そうなんです、私の○○○
この前お目にかかったのは、何時だったでしょう。
ずい分、ご無沙汰です。
普段が「毎朝」の人ですから、これ位間隔が空くことは、滅多にありません。少々『異常事態』です。
原因は、多分体調不良に加えて、きっと「お薬」のせいでしょう。
お薬に含まれている「鎮痛・消炎剤」と「鎮咳剤」には、そう、“○秘”になるような成分が含まれているのです。それは、医院勤めが長かった私には分かっているのですが。
長い、長過ぎる。。。
10日間のうちで、僅か1回とは。。。
それも、シッカリ食べているのに。でも、動いていないからだな。
「そろそろ、如何なものか…」と、今日は薬箱を物色したら、ありました、『液剤型緩下剤』というのが出て来ました。昨年の婦人科手術の時のものです。
コレを使いましょう。
夜にコレを使って、翌朝にスッキリしてくれれば良いのですが。
風邪は良くなって来ているのですが、新たな問題が発生しています。
そう、経験したことに無い苦しみが襲ってくるかも。もうお判りですね(苦笑)。
こんな話題で、ゴメンなさい!!!

誕生直後、35時間に及ぶ“苦難の道のり”を乗り越えて 06.12.20
ボクハ、12月20日午前11時22分、ゲンキナウブゴエヲアゲテ、ウマレテキマシタ。ヨテイビヨリ、11ニチモオクレテシマイマシタ。
オカアサンニ“ジンツウ”ガハジマッテカラ、ボクガウマレルマデ、「35時間」モカカッタンデス。
ボクノオカアサンハ、シンチョウガ152センチホド、カラダモオオキクナイノニ、ボクノタイジュウハ「3,600グラム」モアッタンダ!!
ソシテ、『へその緒』ガボクノクビニ「二重」ニマキツイテイタソウデス。
ボクモトッテモクルシカッタケレド、オカアサンハモットタイヘンダッタミタイ。デモ、オカアサンハ、ボクヲウムタメニ、ガンバッテクレマシタ。
ブンベンシツニハイッテカラ、1時間10分。ボクノアタマガオオキクテ、ナカナカデテコナカッタヨウデス。
ウマレタシュンカン、ミンナガオオヨロコビシテクレマシタ。イツモハナカナイオトウサンガ、ナミダヲナガシテ、ボクノタンジョウヲヨロコンデクレマシタ。
ダレニニテイルカッテ?
イマハ、マイニチ「顔」ガカワルミタイ。
コレカラモ、トキドキコノ「日記」ニトウジョウスルカモシレマセン。
ドウゾ、ヨロシクオネガイシマス!!
…イツカハ、アサヒダケニモ、ノボッテミタイナァ。
…オカアサンノ「オカアサン」ト、イッショニ!!

“オカアサンノ、オカアサン”、初めての「抱っこ」 06.12.23
本当に、いろいろとご心配をお掛けしましたが、どうやらようやく風邪が治りつつあります。
「一生分の、風邪!!」をひいたような気がします。
一度も熱は出なかったのですが、なかなか治まらない咳に悩まされました。
体調が少し良くなった頃に、どうしても出なくてはいけない用事が続けてあってぶり返したり。
また治りかけては、「長女が出産!」という事態に少し無理をしたり。
末娘が通う音楽教室のクリスマスコンサートがあって、その送迎で少し疲れたり。
一昨日にはまだかなり身体が辛かったのですが、昨日辺りから少しづつ本調子に戻りつつあります。
「出ない。。。」から、ずい分日にちが経ちました。その間も、結構体調がすぐれず、寝たり起きたりの日もありました。
体調を崩して風邪の症状が出てから、ひと月近く。
今度こそ、無理をせず、完治させなければと思います。
本当にご心配をお掛けしました。
追伸
その後、「アレ」は、出ましたので。

今日、無事に退院 よそ行きの服を着せてもらって 笹川にて
私の周りに、「男の子」はいません。
私自身は、四人姉妹の長女。
私の子ども達も全員女の子ばかり、四姉妹。
今回、長女が男の子を出産して、私にとってはとても「珍しい、得体の知れない生き物(!?)」が私の周りに存在することとなりました。
『男の子』とは、一体どんな「生き物」なのか。
期待と不安が交錯します…ちと、大袈裟!?(微笑)。
それにしても、問題は、私の呼び名。
どう呼んでもらおうかしら…。どう呼ばせようかしら…。
一般的には「おば○ちゃん」だけど、もうちょっと抵抗があるかなぁ。
「ゆかりママ」は、ヘンだし。
いっそのこと、『私の子デス!』と言ってしまってはどうかしら?…そんなことしたら、医学的にツジツマが合わなくなるし。
カレがお喋りできるようになるまでに、考えよう!!!

沐浴 気持ちいいデス!
何だか、まるで「ゆかりの育児日記」のような様相を呈してきましたが(苦笑)、今しばらくお許しくださいませ。
何しろ、「一生分の風邪」を引いた私は、このひと月以上も山へ行っていないのです。山の情報やら話題から、ちょっとだけ遠ざかってしまいました。
昨日退院して来たチビちゃん(未だ名前が決まっていない)、今日は沐浴をしました。
上の写真で見てもらってもお判りのように、赤ん坊はお湯の中でとっても気持ち良さそうにしていましたが、どうやら一番喜んで嬉しそうにしていたのは、この私だったようです(娘の感想)。
今日は、風邪の治療にお医者様にも行って来ました。ずい分良くなったのですが、年末になることですし、スッキリするまでお薬を飲もうと。
何しろひと月近くぐずぐずしていたのですから、余り急に無理せずにと思っています。
娘と、娘の息子の身の周りの世話をしていると、あっという間に一日が過ぎて行きます。
今年も、残すところあと5日。
今年も、どうやらこんなドタバタで終わっていこうとしています。

今日の沐浴担当は、「まだ卵!」の次女・はるか
今日は、私の次女・はるかが、チビちゃんの沐浴や諸々の世話を手伝ってくれました。
実は次女は、助産師の「卵!」。来年2月の国家試験に向けて勉強中です。
看護学校を卒業し春から行っている助産師学校では、机上の学習の他に、分娩の立会いを10例近く済ませたり、もちろん新生児の沐浴などのお世話もしています。
姉・沙知代の出産では、陣痛が始まって苦しむ姉を何時間も励まし、また幸いに出産の瞬間にも立ち合わせてもらうことができました。
「この子、こんなに子どもが好きだったっけ!?」
助産師を志望するくらいだから、子ども好きなのでしょうけれど、改めてそんなことを思いました。
「まだ卵!」だけど、やっぱり「卵!!」。見ていても、結構新生児の扱いが上手です。
今日の沐浴では、チビちゃんの様子が違っていました。本当に気持ち良さそうで、お湯から上がってその後はぐっすり眠ってくれました。
だから、今日の私はちょっとラクをさせてもらいました。
ゆっくり娘たちの食事を準備したり、洗濯や掃除をしたり。
所用を足しに、外出もしました。
夜には三女も帰省して、ワイワイガヤガヤと、女ばかりそれは楽しい時間でした。
遅くなって、仕事を終えたチビちゃんのお父さんも、息子の顔を見にやって来ました。
いろいろな表情を見せてくれる赤ちゃんを見ていると、こちらも何も考えることもなくて、本当に良い時間が過ごせます。
ずっと見ていても、飽きませんね。
生まれて来るまで湧かなかった「実感」を、毎日少しづつ感じています。

みんなに愛されて 結“オバチャン”と一緒に 06.12.30
12月20日に誕生した、長女の息子の名前が決まりました。
「謙信」です。
戦国時代を生きた武将、上杉謙信から戴いた名前だそうです。“城”や“戦国武将”が大好きという赤ちゃんの父親が、どうしても付けたかった名前です。
謙信クンは、とても元気です。
予定日を過ぎて少し大きく生まれたこともあって、母乳をたくさん飲んで元気に大きな声で泣きます。
昨日30日には、その謙信クンと長女・沙知代が帰っていきました。
お正月を一緒にとも思っていたのですが、謙信クンの父親が淋しがっているとか。そうですね、初めてのお正月は家族揃ってが良いものです。
新しい『命』の誕生は、周りのみんなに、そして「おば○ちゃん」となった私自身にも、大きな力をくれました。
純真無垢な赤ちゃんの顔を見ながら、「私ももっとガンバロウ!!」…と思いました。

青空が眩しくて、気持ちの良い今日 今年最後の笹川の様子
ただ今の時刻、23時40分。
今年もあと少しとなりました。
今年、新しい年の夜明けは、遠くネパールで迎えた朝でした。
いろいろありましたが、でも元気に無事に一年を終えることが出来ました。
皆々様には、ご心配をお掛けしたり、またご迷惑もお掛けしたりの一年間でしたが、いつも温かく見守って下さり本当に有難うございました。
来る年、2007年も一生懸命私らしく頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
最後になりましたが、皆々様のご多幸とご健康をお祈りいたします。
来る年が、皆様方にとって素晴らしい一年になりますように。
来年も笑顔で、朝日小屋でお会いしましょう。