次の記事
40歳代・同い年×3人組=冬の負釣山・雪中テント泊!!
2003-12-15
下山開始前に、記念撮影 03.12.14 photo by 自動
去年の暮れ、黒部のシュンちゃんが友人の堀クンと二人で出掛けた里山・南保富士での、雪中キャンプ。そこからの夜景の素晴らしさは、私のHPに載せた写真からも充分雰囲気が伺えましたネ。
その『里山での、ゆったりした雪中キャンプ…』に、一年越しでずっと憧れていた私。
さすがに大晦日には無理としても、何とか12月中には行きたいとシュンちゃんにお願いしていましたが、とうとうその願いが叶いました。
13日(土)から1泊で、隣町の入善町の最高峰・負釣山(959.3m)へ出掛けるコトに!!
同行してくれたのは、シュンちゃんと堀クン。40ン歳の同い年3人です。堀クンとは、4月の大地(おおち)以来の山行になりました。
今のところ暖冬気味の今年は、いつになく積雪が少なく、標高400m程の駐車場までも車が入りました。
登り口から取り付いてからも、雪はナシ。「おいおい、これじゃぁ初冬どころか、晩秋だぜ!」のシュンちゃんの言葉通り、3合目の上までは登山道には全く雪はありません。4合目近くになって、ようやく冬の里山らしく、10〜15cm程の雪が残るようになって来ました。
朝の天気予報は、雨。出発がお昼近くだったので、午後からお天気が良くなっていくのか、あるいは最悪の冷たい雨から霙に変わるのか、この時季だから仕方ないと覚悟はしていたものの内心は。。。
日頃の行ないが良い為か(?)歩き始めから雨は殆ど降らず、それどころか途中からは青空も広がり始め、黒部扇状地や日本海がはっきり見えて、周りの南保富士、黒菱山、大地、初雪山と続く稜線も眺める事が出来ました。
ところが、5合目を過ぎて6合目近くになってから…「吹雪」。やっとさえ細尾根に雪が付いて慎重さを要求されているのに、下から吹き上げるようにして雪が強風に舞っています。
「やっぱりねぇ、山のお天気は変わり易いワ!」青空を眺めながらいい気になって調子良く登っていたのですが、7合目のベンチでゆっくり小休止の願いも叶わず、とにかく後のお天気が心配になって来たのでそそくさと山頂に向けてあまり休まず歩くコトにしました。
7合目から上部は距離が短く、急坂さえ注意すれば、夏道ならばもう“ひと踏ん張り!”なのですが、とにかく慎重にトラロープに繋がりながら登りました。
でもそのうち、気付くと吹雪きもすっかり止んでいます。
「ねぇ、やっぱり神様だね。最初は歩き易い曇り空、途中で青空を見せて少し楽しませてから、油断させないように“真冬の厳しさ”を味わわせておいて、やっぱり最後は晴れてくるんだから!!」
山頂に着く頃には、それ程強い風も吹かず、視界も良好。しかし、いつお天気が崩れてくるかもしれないと、さっそく雪を踏み固めてそれぞれのテントを設営してしまうことになりました。
山頂付近の積雪は、50cm前後だったでしょうか。強風を心配してテントの設営場所に悩みながらも、絶好の“夜景ビュースポット”の誘惑に負けて、山頂に3張りのテントを並べるコトに…。
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031215a.html
最高の気分!!…『里山での、雪中テント泊』
2003-12-15
ワクワク、ドキドキ…童心に返って、遊び心満喫! 03.12.13
雪中でのテント泊…北アルプスのような高山では、技術と体力諸々を考えるとなかなか実現させることは出来ませんが、それでもやっぱり憧れますよネ!
今回は、今シーズンだけでも負釣山へ7・8回は通っているというシュンちゃんと堀クンが同行してくれたので、私も今の時季の1,000m近い山へ登ることが出来ました。
午後から出発しても余裕があるような里山でしたが、それでもテント泊となれば荷物は大きくなります。それぞれテントを持つ約束でしたし、やっぱり一番心配なのは防寒対策だったので、冬用シュラフの他にシュラフカバー、マットも多目に持って、ダウンジャケットやフリース、ガスボンベや食器、食料…と、3人ともまるで冬山縦走のような“重装備”になってしまいました(苦笑)。
薄暗くならないうちに(冬の北陸地方では、午後4時前から暗くなる時も)手分けして手際良くテントを設営し終わったら、早々と今宵の宴の席へ。
私はもちろん、男性2人ともそれ程お酒に強いほうではないのですが、感激の山歩きが出来たご褒美にとビールで乾杯し、テントの中での宴は始まりました。
実は同行してもらった堀クン、かなりの「名シェフ」。その腕前は、4月の大地でも承知済みだったのですが、今回は私達の為に、前回以上に心のこもった手料理を用意して来てくれました。
何しろ、“前菜”から始まるのです。用意した笹の葉の上に、色とりどりに飾った4種の品が並びました。そのどれもが手作りで、また本当に美味!
「堀シェフ」の用意してくれた絶品の鍋料理をつつきながら、同い年の3人組、飾ることもなくそれ程気を遣うでもなく、山の話、家庭のコト、仕事の話、人生やよもやま等など諸々に遅くまで話が弾みました。
13日の富山県地方は、かなり変わり易いお天気だったとか。下界でも、青空が覗いたり急にザーッと大粒の雨が降って来たり。我が家でも「まぁまぁ、ゆかりはこんな日に…」と気にしていたそうです。私たちも、夜になってお天気が心配になって外を覗きましたし、夜景や星空も気になって時々テントの外へ出てみました。
山の上のお天気、どうだったと思いますか!?
晴れ、時々曇り、時に吹雪、時に深深と雪が降り…。
本当にコロコロと変わるお天気ではありましたが、夕闇の迫る頃にはポツリポツリと燈りはじめた街の灯かりが輝き出しました。また、気付くと深深と粉雪が降っているではありませんか。そしてまた気付くと、テントの外では眼下にキラキラと眩いばかりの黒部扇状地の無数に輝く夜景が見事でした!!雲も少し残っていましたが、きれいな冬の星空もありました。
…まっさらな新雪に抱かれて、深深と夜は更けていきました。
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031215b.html
真冬の朝日岳、闇夜に浮かぶ三日月と、そして流れ星
2003-12-15
この写真、何だか分かりますか?? photo by shun
そう…
ココアでお化粧したティラミス(ケーキ)に、粉砂糖で浮かび上がらせた朝日岳と前朝日岳、三日月、流れ星なんです!!
山頂のテントの中での宴もたけなわ、そのうちほろ酔い気分となった頃に出されたデザートで、ナント「堀シェフ」が私の為に手作りして来て下さいました。
ティラミスを飾る為に、切り絵で細工をした画用紙や、ココアの粉末と粉砂糖、そして粉ふるいまでを、わざわざ山頂まで担ぎ上げてくれて…。
その美味しさと、優しい心遣い…本当に有り難うございました。
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031215c.html
「復活」…
2003-12-15
“100万ドルの夜景”よりステキだった、
負釣山から見た、夜の黒部扇状地 photo by shun
まっさらな新雪を踏みしめて…
深深と降る粉雪に心を動かされ…
風の冷たさに頬を打たれ…
深い闇夜の静けさに抱かれて…
街の灯かりに勇気付けられ…
「復活」できるかもしれない…そう、思った
がんばらなくては…そう、心を決めた
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031215d.html
「温泉」
2003-12-16
湯気の向こうには、山並み 蓮華温泉・内湯 03.9.29
真夏の縦走なら、何日もお風呂に入っていない疲れた身体を勢いよく解き放つ為には、下山口の温泉にザブンと飛び込むのが一番です。何より、その汗の匂いが勲章だった山中から“下界のヒト”にいち早く戻る為にも、必要不可欠な「儀式」であるかもしれません。
秋の山歩きなら、紅葉の下でゆっくりと浸かる露天風呂がやっぱりイイですねぇ…。少しぬるめの湯加減で、山の想い出を大切にしながら時間を忘れてぼーっとしたいものです。
雪の山から下山口に辿り着いたら、寒さに震えて凍えている身体を、少々汗が流れていたら尚のこと、少しでも早く温めてやりたいものですネ。
どちらにしても、山を下りてからの「温泉」には、最近とっても興味があります。
シュンちゃん・堀クンと行った雪の負釣山。その山麓の入善町舟見周辺にも、山懐に抱かれた温泉がいくつかあります。今回も、その冷え切った身体を「バーデン明日(あけび)」のお湯が温めてくれました。
実は私、何度か館内を訪ねてはいたものの、明日の温泉に入ったのは今回が初めて。ちょっとぬるぬるしたお湯の柔らかさと、庭園風にしつらえてあった露天風呂の解放感がとっても気に入りました。
上の写真は、シーズン中の9月末に朝日小屋から一人で往復した蓮華温泉の内湯です。私は、この蓮華温泉の内湯がかなり気に入っています。お邪魔するのがいつもちょっと時季の外れた平日だからでしょう、朝日岳や雪倉岳の山々を眺めながらゆっくりお風呂に入るのが楽しみです。
山に「温泉」はツキモノですね。若い頃は(今でも“気持ち”だけは若いつもりだけど・苦笑)温泉には全く興味がなかった私でも、今なら、山から下りた後に温泉は欠かせません。
そういえば、ナンダカンダと今年もいろんな温泉に入りました。
蓮華温泉、祖母谷温泉、阿曾原温泉、宇奈月温泉、高瀬渓谷・渋温泉、雨飾温泉、舟見の湯…。
もちろん、朝日岳から北又へ下山の折には、地元小川温泉にゆっくりと浸かって「ふーっっ!!」と、手も足もぐーんと大きく伸びをしてから家に帰ります(微笑)。
「温泉」は、疲れた身体にゆっくりと効くだけではなく、少し傷んだ心さえもすっぽり包み込んでじんわりと温めてくれる効用も持っているのかもしれません。
皆さんの大好きな山里の温泉は、何処ですか!?
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031216a.html
「管理人日記」のアクセス数が、270,000件を超えて
2003-12-17
オヤマリンドウ 八兵ェ衛平付近 03.9.29
2001年3月に立ち上げたこの朝日小屋のHP、そしてそれから、2年と10ヶ月余り。朝日小屋HP、特に「日記」とともに歩んできた私の管理人生活も、3年目のシーズンを無事に終えることができました。
朝日岳と朝日小屋のことを中心に、自然の話し、日々感じたこと、私の歩いた山のこと…、何とはなしに当初からいろいろと綴ってきた私の「管理人日記」ですが、今日の午前中にその日記のアクセス数が延べ270,000件を超えました。
朝起きてパソコンのスイッチを入れてすぐに「管理人日記」をチェック、出勤してすぐ何食わぬ顔で会社のパソコンをのぞき見し、お昼時間ともなれば食事の後のお茶を啜りながらパソコンをいじくり、夕方ちょっと疲れた頃の時間帯にも「日記」を確認し、そして一日の仕事を終え自宅に帰って寝る間際にその日の最終チェック。多い人は、一日5回は「管理人日記」や「掲示板」を点検してくださっているとか…(微笑)。
たくさんの方々が、北アルプスの最北端の小さな山小屋で管理人生活を始めた私の拙い文章を、毎日のように楽しみに読んでくださっているということは、応援してくださる多くの皆さんに感謝し、改めてこれからの私の大きな励みにしていこうと思います。
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031217a.html
いろいろと、ご心配をお掛けしました…
2003-12-17
自身の山歩きと同じく、一歩づつ
ゆっくりでもいいから前へ前へ 負釣山の急登で 03.12.13
3週間近くの長い間、日記も書かず、掲示板の書込みに返事もせずに、ぴたりと“音信不通”のような状態を続けてしまい、皆さんには大変ご心配をお掛けしました。
その間、心配した皆さんから、メールやらお電話、掲示板の書き込み等などで「どうしたの?」という声掛けを頂いたにも関わらず、何のお返事もしなかったこと、本当に申し訳ありませんでした。
私の中では未だ全てが解決したというわけではありません。しかし、とにかくこのままではいけない、がんばらなくては…という「腹が決まった」「腹を決めた」(大袈裟ですが)状態までに何とか戻す事が出来たので、やっと再び日記を書くことが出来ました。
「復活」したということは、「落ち込み」があったということで…。
いろいろ経過もあり、また大小の悩みや問題を抱えつつも、前を見据えて問題解決に向かっていられるうちは良かったのですが、今回はちょっとしたきっかけで、まるで『プチ・鬱(うつ)』のような状態に陥ってしまったのです。
人に会うのが嫌。
買い物はもちろん、大事な用事があっても外に出たくない。
メールには返事が書けない。
電話は怖くて出られないので無視する。
自分自身を責める。
いくつかの要素が複雑に絡み合って問題解決の糸口が見つからないまま、まるで“デフレ・スパイラル”の如くどんどん下を向いてしまっていました。
昨年9月初めにも、“起き上がれない…”という事態になってしまったことがありました。その時はある方から「ゆかりちゃん、初心忘れるべし!」という温かい助言を頂いて、様々な重圧に押しつぶされそうな自分を解き放してやることが出来ました。
そんな中、今回は、「初心に帰れ!」「原点に立ち戻れ!」と励ましてくれた方がいました。
私の中で、山と山小屋を預かる管理人として『忘れてはいけないもの』『なくしてはいけないもの』『最初の気持ち』は何だったんだろう…そう考える日々が続きました。
負釣山の雪の上を「初心は、原点は…」と考えながら歩き、新雪の上に張ったテントの中でぼーっとしながら「山のこと」だけを想いました。
そのうち、「何とかしたい」という気持ちがやっと自分自身の中に湧いてきました。
今回「落ち込んだこと」で、いろいろと勉強することが出来ました。
解決していない問題も抱えていますが、再び「前を向いて」がんばろうと思っています。
ご心配をお掛けした皆さん、ご迷惑をお掛けした方々、本当にゴメンなさい。
これからもよろしくお願いします。
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031217b.html
切り替えが上手くいかなくて。。。
2003-12-21
オオバタケシマラン 03.9.13
管理人になって3年目。
まだまだ、「上」での生活と「下」での生活の切り替え(頭も行動も)がどうにも上手くいかず、そのことが今回のような「プチ・鬱(うつ)」状態の遠因であったり、ある時は直接の引き金だったりするような気がします。
「上」に居る間は、4ヶ月。わずか一年の3分の1の期間でしかありません。しかし、その4ヶ月以外にも準備や後始末にかかる期間があり、事務仕事をする時間や、時には会合や打ち合わせなども続きます。
管理人生活も3年目となると、今私の生活の殆どは『山』を中心に廻っています。
今年は10月15日に小屋閉めをして山を降りて来てから、10月中・下旬、そして11月いっぱい忙しい日が続きました。
祖母谷温泉・阿曾原温泉への研修登山、遭対協訓練、烏帽子岳・野口五郎岳山行、島々の環境省事務所へ出掛け、佐伯友邦さんのパーティー出席、雨飾山山行、白鳥山山行、三県遭難対策連絡会議出席(新穂高温泉)、写真家・中西俊明さんを励ます会(東京)。
そしてその間にも、会合やら頼まれた講演やら。飲み会やひと足早い忘年会もありました。忙しくても充実した時間と空間があり、忙しいからこそ何でもパパッと片付けて動くエネルギーが充満していた私でした。
ところが、東京から帰って12月に入ったとたん、パタッといきなり「ヒマ」になったのです。もちろんやらなくてはいけないコト、やろうと思えば諸々用事はないわけではないのです。
でも「上」での生活と「下」での生活は、余りに違いすぎます。
忙しくても、毎日毎日登山者の皆さんのお世話をしている小屋の生活の充実感が消え、この冬の間はポカンとしている日々が続きます。
こんなこと書くと、まるで私がすごく「働き者」のように聞こえるかもしれませんが、決してそうでは無いんですョ・苦笑。
毎朝仕事に出掛けて、人と話して働いて、疲れて帰って来て、休日には余暇を楽しむ…という生活が今は出来ないのです。時間があっても「縛り」がないと動けない、怠け者の性格もついつい顔を出してきます。
「いいじゃない、遊んでいられるんだから。贅沢だわ!」
「何か、趣味を持てば!?」
「どこかへパートにでも出れば」
「夏の間忙しいんだから、“充電期間”だと思ってゆっくりすれば??」
皆さん、とても親切にアドバイスしてくださいますが、どうもなかなか。。。上手く時間を使えないし、ただの“貧乏性”なのでしょうネ。
平日に山歩きができる「贅沢な身分」だと言われますが、今の時期はさすがに一人では出掛けられず、悶々としていたりして。
最高8人家族。兼業農家の主婦として、勤めながら農家の手伝いをし4人の娘の子育てに追われていた日々。バレーボールやビーチボールや和太鼓のチームで活動し、PTAのやその他諸々の役員を引き受け…、とにかく毎日24時間では足りないという生活をずっと続けていた私。
でも、今我が家は4人家族。子どもは末娘しか家に居ません。家族の為に使う時間もぐ〜んと減りましたし、家事などすぐに終わってしまいます。(…実際は手抜きしているだけなんだけど)夕食の片付けが終わった後などは、今までに味わったことの無いくらいのんびりと過ごしています。
そんな時間を少々持て余し気味の贅沢な悩みを抱える私ですが、新年になったら何処か冬の高山へ初挑戦したいと、今は本を読んだりいろいろ考えたりと、ちょっとづつ考えることが出来るようになりました。
12月の初め、北陸地方はどんよりとした曇り空が続きました。鉛色のそんな季節の中で、私の気持ちと身体はどんどん下を向いていったのでした。
「山」へ行くとあんなに元気なのに、ネ!!
この記事の URL : http://www.asahigoya.net/diary/2003/12/d20031221a.html